飲む・呑むの「のむ」から、利く・聞くの「きく」へのシフトチェンジは順調で、粋人の酒のたしなみ方に近づく感、これあり。
もっともアルコール度数は45度なので量は減ってもパンチ力はあります。ここは、気をつけねば、であります。
大事なのは酒をきくための器。というわけで低感度の鼻でも酒の香りが届く口のすぼんだグラスを調達。50mlくらい入れると驚くほど香りが立ちます。これでかなり酔えます。もとい、きけます。酒量を減らさねばとお考えの向きには一度お試しの価値ありと思ふくらい。
そういうわけで前回に続いて今回も大伴旅人先生の酒を讃る歌です。
【和歌のスタイルで表現してみた】
■Usage #37
語っても足らず身振りでも表せないほど尊いものは何だろう……と考える思考実験の心として
語りても届かず動いても届かぬ貴きものは 人のつながりにあるらし
[元歌]
言はむすべ為むすべ知らず極まりて 貴きものは酒にしあるらし (万342)
意味:言動で表せないほどの貴さの極みは何だろうか。それは酒であるらしい。
[解説]
日常の思考から離れ、言葉でうまく伝えられないもの、ジェスチャーでもうまく伝えられないものについて思いをはせてみるのも、心の平安に良いかも知れません。元歌の「酒」を別の言葉、例えば「金」「命」に置き換えても、それらしく聞こえます。とはいえ、やはりさすが元歌。「酒」のほうが遊び心があって、いちばんしっくり来ます。
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■Usage #38
自分の器にあった動きをするのが良き、の心として
なかなかに大人とあらずは小人に なりにてしかも人に染みなむ
[元歌]
なかなかに人とあらずは酒壺に なりにてしかも酒に染みなむ (万343)
意味:ものの分かったような分別くさい人間になるよりは、いっそ酒壺になって酒に浸っていたいよ。
[解説]
身丈を越えた人物像を目指すのもいいけど、自分は自分らしくと思って、一人でも二人でも人様のお役に立つ動きをするほうが精神的にも社会的にも益になってよろしいのではないでしょうか。元歌は人間やめて酒壺になりたいと言ってるからぶっ飛び方が違います。旅人は相当、イッちゃってます。器が違うわ。
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■Usage #39
いつも賢く正しく振舞おうとするより、相手によっては鎧を解いて胸襟を開くのが良い、の心として
あな怖し規則守って人を見ぬ者 よく見ばロボットにかも似む
[元歌]
あな醜賢しらをすと酒飲まぬ 人をよく見ば猿にかも似む (万344)
意味:ああみっともない、酒を飲まないで賢ぶるだけの人は。よく見ると猿に似ている。
[解説]
基本、賢く正しく振舞うのが社会的には正解。でもそれ一本調子では面白くないときもありましょう。通じる相手だと思ったら、賢しらぶりの仮面を外すと面白いことになるかも。元歌は旅人の遠慮のない悪口が出ていて小気味よい。
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■Usage #40
お金も大事、人を思ふ気持ちも大事なり、の心として
価なき宝といふとも 一言の愛ある言葉にあにまさめやも
[元歌]
価なき宝といふとも 一坏の濁れる酒にあにまさめやも (万345)
意味:価格を付けられないほどの宝といっても、一杯の濁り酒にどうして勝るものかいな。
[解説]
ちょっとした取引でも売り手と買い手の間で交わされる言葉によって気分が変わる。自分が売り手のときも買い手のときも、それができそうなTPOだと思ったら、良い言葉を取り出して使ってみては如何でしょう。その夜、餓えているときの一杯はまた格別かも。
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■付録
大伴旅人が大宰府で長官を務めていた729年、奈良では長屋王の変が起きました。
この事件は、前回紹介した藤原四兄弟と長屋王の対立が原因。結果は四兄弟の勝ち。旅人は蚊帳の外の事件でしたが、都で大臣クラスの人がいなくなった結果、旅人が臣下の中で最高位になった、というオチ。
・ 長屋王(ながやおう/676 – 729)政治家。長屋王の変で自殺。
・ 新田部親王(にいたべしんのう/? – 735)貴族。舎人親王らと共に長屋王に対して罪の糾問を担当。
・ 舎人親王(とねりしんのう/676 – 735)貴族。新田部親王らと共に長屋王に対して罪を糾問。
・ 多治比 三宅麻呂(たじひ の みやけまろ/? – ?)貴族。長屋王と藤原四兄弟の対立に巻き込まれ流罪。
・ 中臣宮処 東人(なかとみのみやところ の あずまびと/? – 738)官人。聖武天皇に長屋王を密告した人物。9年後、大伴子虫と囲碁に興じながら長屋王の話をしたところ、子虫が怒り出し、結果、斬殺された。
・ 大伴 子虫(おおとも の こむし/? – ?)官人。長屋王に厚遇を受けていた人物。738年、子虫が中臣宮処東人と囲碁に興じていた時、話題が長屋王に及ぶにあたり、子虫は憤りを発し、東人を罵り、抜刀して斬殺した。