[第63回 M&A成功への道 その1:ゼロイチとM&A]
【問い】
新規事業獲得のために多くの企業がM&Aを考えています。しかし、実際は上手くいかない事例が多いようです。その理由と対策を教えてください。
【方向性】
M&Aは売り手の状況を考えた場合、そもそも出口戦略の一手になります。
その場合、「業界が縮小する」「効率が悪い」「利益が出にくくなった」等の理由で、どうにかなる前に会社の売却を決める場合が多い傾向にあります。
従って、M&A以外のオプションも考えるべきです。
【解説】
■新規事業開発が必要な背景
国内企業は、規模の大小に関係なく成熟期を迎えています。各社は事業存続のため、次の成長に向けて、或いは将来の稼ぎ頭を獲得すべく、自助努力で新規事業を開発しています。
しかし結果が出る企業は少ないのが現実です。多くは10年も20年も特定の業界で、過去に出来上がったビジネスモデルを軸に事業を行っています。これまでの経験があまり活用されにくい新規事業の開発に苦しんでいるのです。
一方、歩みは遅いけれども経営者が先陣を切り、ゼロベースで試行錯誤を続ける企業は、時間の経過と共に一定の可能性を見出し、損益を回収する地点までたどり着いて成果を出す企業が散見されます。
規模が大きな企業ほど「新規事業」「イノベーション」といった、それっぽい言葉を経営陣が連呼するだけで、実際の新規事業の開発や取組は社員に丸投げというのも珍しくありません。新規事業開発室やイノベーション推進室といった、かっこいい名前の組織は立ち上げるのですが、既存事業が不安定で人手不足に見舞われているため、多くはそのような組織は兼業で行われます。
事業開発の仕方や社外ネットワークがない社員は、新規の取り組みを行っても直ぐに成果が出るわけもなく、かたや既存事業では四半期の成果で評価されるため新規事業にリソースを割かない傾向にあります。
■ゼロイチと共にM&Aを考えはじめる
ゼロイチ、いわゆる新たに事業を創業するスキルと、既存事業を維持拡大するスキルは大きく異なります。たとえ知識・経験・ノウハウを持った経営者でも、四苦八苦するものです。それを今までどおりの仕事しかしてこなかった社員に、兼業で開発しろと言うのは無茶苦茶な話です。
そうこうしているうちに、「M&Aで次の収益の柱を立てる事例があるらしい」という話を聞き、コンサルからも勧められるようになり、それまで興味など一切無かった「M&A」という言葉だけに惚れ込んで「よっし、自社もM&Aだ!」と動き始める経営者がいます。
確かに、大手企業では一定規模の事業を買収して、自社にシナジー効果を取り込みながら事業開発を行う事例は多々あります。しかし、シナジー効果を生みながら買収した企業を更に成長加速させることは極めて稀なのです。
一般的にM&Aは、売り手からすると出口戦略のひとつです。
複数ある事業の中で、ひとつの事業が成熟すると、その事業は会社にとって収益の源泉になります。しかし、その状態が永続するとは限りません。そこで経営者には複数の事業ポートフォリオを組み替え、事業価値を高めることが求められます。そこで成熟期や衰退期に差し掛かった事業で、業界内で高い実績をあげていない部門は売却の対象になりやすく。
このような事業は、業界で高いシェアを持つ企業が買収し、さらにシェアを高めたり、規模の経済により収益構造を改善したり、デジタルを駆使した効率的な事業展開を行う工夫をしていきます。当然、買収後もコントロールを徹底的に行ない、シナジーを生み出す取り組みに経営資源を費やす必要を迫られます。
そもそも買収した事業でシナジーを生み出すには、事業への理解と継続的な関わりが前提になってきます。
小規模事業者の場合、将来性、業績不振、後継者不在などネガティブな理由で、必要に迫られて売却を模索する経営者がたくさんいます。
またファンド投資先のIPO(新規株式公開)が長期間にわたり出来なかった場合、新規事業の買収先として検討される場合もあります。
ただし、それほど有益な情報が入る企業は、いわゆる優等生なので、今回の議論の対象外といえるでしょう。
■M&Aそのものは成功するのだが…
話を戻しましょう。
こんな事例を想定してみました。
新規事業を立ち上げるためにゼロイチの部隊を作ったものの、なかなか進まない。
一方で、株主には成長戦略を軸にした経営計画を、既に発表してしまっている。
その内容は、現在の売上70億円を数年後に100億達成を計画している。
ところが既存事業では稼ぎ頭の部門が既に成熟期を迎え、せいぜい70億円を維持するのがやっと。
キリよく100億円と発表したものの、届かないぶんを仮にゼロイチが成功したとして、90億円までなら、なんとかなりそう。
さて、残りの10億円はどうしたものか。堂々巡りで議論を重ねた結果……。
「よしっ、10億円はM&Aで!」
こんなところでしょうが、実際は試算どおりにいかないのが通常です。
そもそも大手企業が興味を示すような案件を持っている売り手は滅多になく、実際は今後の成長が不安定でいくつも問題を抱えているケースが実態です。
幸運にも買収が成立しても、そこから買い手は買収企業のマネジメントを行い、場合によってはテコ入れが必要となり、経営陣まで送り込んで問題解決に明け暮れることもザラにあります。
M&Aをしたからと言って、手間をかけずに収益を産み出すことは稀なのです。
本来は、買収する前の時点で、統合した後のシナジー予測や問題点の洗い出しをするものですが、M&Aの経験がない買い手企業は解決のための投資をすることなく、結果的に価値を棄損させてしまい、酷い場合は暖簾代の減損まで生じてしまう。あげくの果ては想定以上のキャッシュを払ってしまい、既存事業の資金繰りまで悪化させるということもあります。
■ならば、どうすればいいのか?
企業はミッションやビジョン実現のために、成長せざるを得ません。
上記のケースで問題になるのは、「あと10億円が必要」となったところで何も考えず、いま流りの「M&A」へ走ってしまい、思考停止したことにあります。
ここでは投資先に対する戦略を深掘りするべきです。
現実的に考えても、自社の売上を補完する企業が都合よく売りに出ている可能性は極めてゼロに等しいものです。
ならば、何が自分たちに不足しているのは何なのか。
時間なのか、ノウハウなのか、経験なのか、販路なのか、デジタル技術の不足なのか…。
その不足部分を徹底的に整理して、言語化することが、まずは大切な一歩なのです。
そしてそこでは、解決手段を「M&A」に限定せず、「提携」や「出資」で補うという別の手段もあわせて検討するべきなのです。
次回は「提携」と「出資」について言及します。