[第44回 無形資産(Intangible Assets)]
【問い】
無形資産と固定資産、どちらを主軸に事業を展開すると良いでしょうか?
【方向性】
事業資産が無形資産にシフトしています。固定資産を中心に事業を展開している企業は、やがて無形資産を中心に展開する事業の傘下になっていくことでしょう。無論、「その価値が認められたら」の話ですが。
【解説】
一般的に事業の買収を行う場合、有形固定資産に対しては明確な記述対象となりますが、顧客との信頼関係やブランド価値、製造ノウハウ、集客ノウハウなど、事業に必要不可欠な資産の評価は難しいものです。そこで会計上においては、それらを認識して資産と上げると「無形資産」になります。
たとえば、ある会社を現金1,000万円で買収したとします。資産や負債の正味の時価は、600万円でした。通常、暖簾(のれん)は差額で算定されるので、無形資産の認識がなければ暖簾の算定額は400万円となります。一方、無形資産が300万円だと認識されていれば、暖簾は100万円です。
国の勢いや状況を示す国内総生産(GDP)は、消費、投資、政府支出、純輸出の価値の合計であり、最近までは全て有形資産でした。
しかし経済は有形資産よりも、ソフトや企業間の取り決め事項、社内のノウハウの蓄積などの無形資産に価値がシフトしています。アルビン・トフラーが1960〜70年代に「ポスト工業化で非物質的なモノが経済にインパクトを与える」と推定していたこともあり、当時から広く受け入れられた概念だったようです。
そして、2000年頃より始まったIT革命、2007年頃より始まったスマートエコノミーが台頭。実態経済だけでは記述できない新たな経済空間に対して、国際的コンサルタントの大前研一は「ニューエコノミー」という概念を提唱しています。
ちょうどその頃、私は横河電機の研究者をしながら、オーストラリアのボンド大学でMBAの修士課程で経営を学び始めていました。そのため経営上の利益の源泉は設備や社屋ではなく、社員のアイデアや発想、そしてそれらを資産に変えるノウハウだという概念は腑に落ちていたのです。
無形資産に対して、他の文献や書物を読むと、メリーランド大学のチャールズ・ハルテン氏が2006年のマイクロソフト社の研究をした話がわかりやすかったです。
当時の市場価値は2,500億ドル。バランスシートでは総資産700億ドル。うち600億ドルが現預金や金融資産で、工場や設備などの伝統的な資産は僅か30億ドルでした。
そこで同氏はマイクロソフト社の帳簿を分析精査して、無形資産を特定しました。そこでは製品開発や研究開発に投資して生み出したアイデアやデザイン、ブランド価値、社内の仕組み、研修で得られた人的リソースなどが対象となりました。
この過程で、彼は無形資産を3つに分けています。それは、「コンピューター情報」「イノベーション財産」「経済能力」でした。これらの分類をすすめる中で、無形資産を生み出すための無形投資について、従来の有形投資との違いがいくつか整理されていったのです。
『無形資産が経済を支配する』の著者、ジョナサン・ハスケル氏は、無形資産の特徴について4つの視点で整理しています。そのなかから3つの視点「サンクコスト(埋没費用)」「スピルオーバー(波及効果)」「スケール(拡張可能性)」について紹介します。
まず、無形資産は「サンクコスト(埋没費用)」が多いことがわかります。
M&Aなどでもよくありますが、店舗を居抜きで譲渡する場合と、営業権を付けて譲渡する場合では価値が異なります。有形資産だけで考えると、什器や店舗の造作や車両などは市場で売買することができます。しかし、一定期間経っても営業権付きで売買できない場合(そもそも無形資産的な価値はなかったかもしれません)も多々あります。実際、その店舗独自の運営マニュアル(あるいは考え方)や顧客対応術などは、他社(買い手)にとって価値を感じない場合もあるからです。これらは「サンクコスト」となり、回収は難しくなります。
このような理由から、無形資産に対する資金調達は回収に不確実性が伴うこともあり、投資における資金調達はかなり難しい側面があるのです。
2つ目の「スピルオーバー(波及効果)」について。
コンサルティングの商売ではじめて知った意味のある言葉に「パクって、パクって、オリジナル(PPO)」がありました。なんとも含蓄のある言葉ですが、まさに「スピルオーバー」そのものです。無形であるがゆえに開発者以外も容易に活用することが可能なのです。
iPadも、iPhoneも、今となっては殆ど同じような商品を他社がガンガン販売しています。どこから見てもパクリですよね。しかし、その恩恵で多くの方の経済合理性が高くなっているとも言えます。
3つ目は「スケーラブル(拡張可能性)」です。
「Uber(ウーバー)」などの配車アプリ事業が、ピシャリと該当します。あるエリアや国でアプリを開発して事業モデルを確立すると、アプリは事実上世界中で展開することが可能になります。ビジネスモデルに国や地域の規制があったとしても、一気に横展開ができます。
有形固定資産を中心に事業を展開する場合、売上を倍にするために投資が2倍必要なケースが殆どでしたが、無形資産の場合は拡張の自由度がハンパなく高いのです。
この3つの特徴により、過度な競争と最終的に生き残るプレーヤーの数が数社になることが観察できます。
誰かが拡張性のある事業をはじめたとします。一方で、その事業の可能性を感じたライバルは、2つ目の特徴である「スピルオーバー」を生かしてビジネスモデルの模倣を行います。例をあげれば「Uber」に対する「Grab(グラブ)」です。その結果、激しい戦いの末、世界に数社の企業が生き残るという結果になるのです。
ちなみに4つ目の特徴は「シナジー」でした。
これは「無形資産を組み合わせることで威力を発揮する」というものですが、固定資産においても同様なので、私自身は無形資産の特徴として、ジョナサン・ハスケル氏に共感できませんでした。
上記の3つの特徴は経済や社会に対して、一般人からすると「より便利に」、そして「より安価」に利用できるようになる一方で、長期的な投資を抑えられるという現象も観察されます。
その実態は、近年のカネ余りにも代表されます。
世界中のお金は、より効率的で、よりリターンの高い事業に投資されます。これまでは投資と比例してリターンが補償されていました。しかし、上記の事例により無形資産の事業はある一定の投資額を得た瞬間から自分たちでキャッシュを生むことになるので、固定資産を主体とする事業と比較すると、小さな投資額で大きなリターンを創出するようになるのです。
そこから「利益の再投資」となっても、投資先そのものが無くなってきます。この状態が続くと、お金はますます余り、投資の対象が少なくなるため、低金利の状態が発生してきます。
つまり、固定資産主体の経済学・オールドエコノミーでは「お金の調達コストが下がれば投資が増える」と考えられていましたが、無形資産の実態なき経済学・ニューエコノミーでは、そもそも「金利を下げても投資先が無くなってしまう」のです。
コロナ禍の直前まで、金余りの投資は“なんちゃってIT企業”や、“なんちゃって起業家”にジャンジャン投資されていましたが、世界を動かしている本来のお金からすると微々たるものでした。
これら資金はアフターコロナが完全到来した時には凍結されるでしょうが、一方で真に無形資産で収益を上げている企業は、ますます拡張することから、そのレバレッジを生かして実態経済の会社を資本傘下に納めていくことになります。
GAFAに代表される企業が稼ぐ収益がハンパなく、従来の企業収益の殆どを彼らが賄っているのが、良くも悪くも現実なのです。