第31回 DXとマネジメント #1
【問い】
企業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)とはどのような概念でしょうか?また、導入するにあたり考えるポイントや経営者として把握しておくべき要点は何でしょうか?
【方向性】
DXは顧客体験を最大化することをゴールと捉えて、単に紙の作業を電子化するだけの置き換えがゴールではありません。DXによって企業は社会全体に大きな変革を提供することをビジョンに置き、組織ぐるみで戦略的に取り組む必要があります。そのためキーワードとしては、「戦略」「組織」「マインドセット」「インセンティブ」などを考慮して取り組むことが大切です。
【解説】
●What→DXとは社会全体にデジタル技術を活用し変革する概念
導入する企業は、これまで想像していない規模や範囲で仕事全体の変革や生産性向上を果たすことをビジョンに掲げると良いでしょう。そのために従来の事業にITを融合させ、これまで実現することが難しいとされた顧客体験の最大化を、より効率的に、より標準的に提供できるよう、あらゆるデータを活用して圧倒的な柔軟性とスピードによって変革を開始していくのです。
経済産業省が推進する取組の中で、DXの説明を次のようにしています。
「第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビックデータ・アナリティクス、ソーシャル技術)」を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンス(顧客体験)の変革を図ることで価値を創造し、競争上の優位性を確立すること。
※【DXレポート IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開】より
DXでのポイントは、やはり顧客体験の最大化に在って、単にアナログをデジタルに置き換えるだけの発想ではないことが理解できると思います。
しかしながら企業の中では、あるいはマネジメントの一部は、DXの概念を、単にデジタル化(例えば、ペーパーワークを単に電子ファイルに置き換えるような概念)の延長程度だろうと解釈されている方が多いのも事実です。
実際、DXの取組を業務フローや事業モデルの一連のプロセスをデジタル化するという取り組みは、過去からも行われていました。つまり、その程度でもまだ視野や範囲が狭いと言えるのです。
DXは社会全体に対して、生活レベルにおける大きな変革を提供するビジョンを達成することが目的なので、マネジメントは戦略的に組織ぐるみで本気になって取り組むことを理解することが大切です。
当然、従来からも事業の「全体最適」を進める取り組みを進めると「部分最適」に陥ってしまい、結果的に事業全体の効率が上手く進まないというような議論はありました。これは最適化を進める中で、「何のために行っているのか?」というゴールが薄れてしまい、手段が先行された結果によって起こっていることが多かったからです。
そのためDXを進める場合は、再度目的を明確にすることが大切です。
そしてその目的とは、顧客体験の最大化です。それらを実現するために組織を再編して近年のテクノロジーを活用する。その結果、それがDXの導入になっている。という状況が本来は正しいのです。
DX関連の用語に「サイロ化」という言葉が出てきます。
これは、企業のある部門が他の部門と情報を連携せず、独自で業務を遂行し孤立する状態を示します。
組織が目的を失うと、自分たちが今行っている行動そのものが正当化されてしまい、組織全体の都合や顧客に提供する価値などが度外視され、細分化された取り組みそのものが正当化されてしまうのです。そのため、DXを推進する場合もサイロ化が起こる可能性を理解して、「常に顧客体験の最大化に重きを置く組織を再構築」することでDXを実現させるという考えを持つことが大切になるのです。
●Why→技術はもちろん、戦略と組織に関する課題を考えてみる
DXの必要性は多くの企業が認識しており、実際、担当部署が出来て何らかの取組をはじめている企業もあるかと思います。そこで成果をあげはじめている企業の多くは、「顧客体験を最大化」することを最終的ゴールに掲げ、それらを明確なビジョンとして取り組んでいます。
アマゾンは毎年70種類を超えるサービスや機能を発表して製品化の指針を定めています。グーグルは毎年何百ものDX関連の発表を行い、実行しています。マイクロソフトも主要なビジネスモデルとエンドツーエンドのハイブリットによって、エンタープライズクラウド業界に革新を起こし続けています。
そして間違いなく各社のエンドユーザーは、顧客体験が向上していることを実感していることでしょう。
一方、多くのデジタル企業でも、毎年数千規模のDX関連の特許を生み出しながらも、その特許技術を市場にどのように活用するのかの指針がなく、投資ばかりがかさんでしまい、マネタイズ、つまり回収ができない状態が続いています。
いわばデジタル企業の多くは、プラットフォームを確立してAPIと呼ばれる外部アプリケーションとの連携が出来る仕組みの構築に取り組んでいますが、GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)のような劇的な変化を出せないでいるのです。
その理由は、技術の一部ばかりにフォーカスしており、組織としての目的が不明なまま、開発を進めていることにあります。
直接顧客と接する営業チームと距離がある技術チームは、技術的な開発を一方的に進めてしまい、たとえ出来上がった商品の品質や機能は素晴らしくとも、顧客の要望を叶えるものとはかけ離れてしまっています。一方、営業チームとしてもノルマを課されているため、その商品を無理やり顧客の注文書に入れ、数字を稼がなければなりません。
顧客が実際に現場でどのような悩みがあり、どのように従来は解決していたのかを理解せず、単に商品を押し付けての営業です。現場では商品のインストールに追われ、かたや本社では人手不足のため関連会社や業務委託チームに顧客対応を丸投げしている企業も少なくありません。
結果的に顧客と接する営業チームは、商品を企画開発する技術チームと距離が遠くなり、現場の声が反映されることはないのです。極端な企業は外部コンサルにエンドユーザーの調査を依頼して、自分たちの商品がどのように思われているのか別途費用を出して確認している始末です。まさに何をやっているのか分からない状態なのです。
「顧客志向(CS)が大切」と長年言われ続けていても、組織の行動には何ら変化がなく、ただ商品を開発・提供し続けることだけが重視されたままなのです。
DXを進めるために、自分たちのDXロードマップも不明なまま活動を続け、目的もわからないまま、ただ時間だけが進んでいく…。つまり経営戦略が不足しているのです。
これら課題の克服には、組織文化が関係しています。
従来の延長の組織構造や仕事のスタイルでは、DXの目的を達成することはできないのです。