第10回 ジョブ理論 前編
■問い
イノベーションの大御所である、クレイトン・クリステンセンが提唱するジョブ理論とはどのような考え方でしょうか?
■答え
ジョブ理論とは、顧客が商品(製品・サービス)を購入する理由を明らかにして、それにまつわる解決策を提供する一連の考え方です。ジョブ理論では、ジョブの定義を、「特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」としています。
今回から2回にわたってジョブ理論の考え方を整理します。
■解説
【クレイトン・クリステンセンとジョブ理論】
ジョブ理論の著者、クレイトン・クリステンセン(以下、クリステンセン)はハーバードビジネススクール(HBS)の教授で、著書『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(翔泳社2001年)によって破壊的イノベーションの理論を確立しました。クリステンセンはイノベーション研究の第一人者であり、イノベーションに特化した経営コンサルティング会社も設立しています。
今回は、彼の新著である『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン2017年)について解説します。
ジョブ理論とは、顧客が商品(製品・サービス)を購入する理由を明らかにして、それにまつわる解決策を提供する一連の考え方で、ジョブを、「特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」としています。
【ドラッカーとレビットの主張】
「人は刃の直径が4分の1インチのドリルがほしいのではない。4分の1インチの穴がほしいのだ。」これはマーケティングの大御所のセオドア・レビットの著書『マーケティング発想法』(ダイヤモンド社1971年)の引用です。「顧客がほしいのはプロダクトではなく、彼らの抱える問題の解決策だ。」こちらはピーター・ドラッカーの言葉です。企業が売れると思って製造した商品が売れる確率は低く、めったにないというレベル感で警告を発しています。
☓ | ◎ | |
セオドア・レビット | 4分の1インチのドリル | 4分の1インチの穴 |
ピーター・ドラッカー | プロダクト | 彼らが抱える問題の解決策 |
図 1 レビットとドラッカーの主張
重要なことは、「なぜ顧客は商品を買うのか?」について、「商品そのものが欲しいから」と答えるのはマニアや収集家以外考えにくく、実際は、その商品の購買によって、あるいはその商品の使用によって、何らかの問題を解決しているという点です。
顧客は商品そのものではなく、その商品によって得られる便益(メリット)を購買しているのです。
しかし、実際に顧客が商品を購入する理由を突き詰めるには、顧客そのものの定義が必要です。
マーケティングでは、セグメンテーションとターゲティングという概念があります。自分たちがビジネスを行う領域を定義して(セグメンテーション)、それから自社が狙うべき顧客を特定する(ターゲティング)という考え方です。
本来は、購買理由に応じて市場や顧客を定義するとよいのですが、その理由の分析や整理が難しくて、非常に手間がかかる作業で難航します。そこで企業はいつの間にか属性(性別や年齢や地域等)を顧客ターゲットの指標として用い、購買理由を明らかにする作業を飛ばし、商品を提供することに焦点をあててしまったのです。
こうなると「なぜ、誰が、何を買うのか?」の中の購買理由がないがしろにされます。そして「誰が、何を買うのか?」ということばかりが議論されるようになり、結果的に、顧客の議論が属性ありきになり、同時に商品開発そのものにフォーカスした組織ができあがるのです。
結果的に、商品は良いものだけど売れない、という状況が蔓延します。
再び、ジョブ理論の定義をみてみます。ジョブとは「特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」。つまりはジョブ理論は、レビットとドラッカーが指摘したドリルの穴と問題の解決策が重要だという主張と基本的には同じなのです。
【ミルクシェイクのジレンマ】
ジョブ理論の理解を進めるために「ミルクシェイクのジレンマ」を紹介します。
企業が顧客ニーズを解決するための手法は様々で、むしろ「ひとつで全てを満たす」万能の解決策は結果的に何ひとつみたさないということが理解できる事例です。
あるファーストフードチェーンでは、「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか?」という悩みを持っていました。そこでチェーン店は、数カ月間かけて詳細な調査を実施します。同店は、ミルクシェイクの顧客に対して、次のように質問しました。
「どうすれば、もっとミルクシェイクを買いますか?」
「値段?」
「量?」
「固さ?」
「味?」等です。
そのフィードバックを基に、ミルクシェイクの顧客を満足させる取り組みを実験しました。味、パッケージなどの改善です。
しかし、数カ月たっても期待とは裏腹に変化が起きません。
そこで、別のアプローチを取り組みました。来店客は「なぜ、ミルクシェイクを購入したのか?」という視点にフォーカスしたのです。
ジョブ理論風に表現すると、「来店客がミルクシェイクを購入することで片づける(解決する)ジョブがあるのではないか?」と仮説を持ち調査したのです。特定の商品を買うという行為そのものを引き起こす原因が、来店者の日常の生活に起きているのではという仮説を持ちました。日々の生活のなかでジョブが発生し、それを解決するためにミルクシェイクを雇っている(購入している)としたら、ミルクシェイク問題を解決できると考えたのです。
調査チームはある日、店頭に18時間立って顧客を観察し続けました。
「買う時間帯は?」
「彼らの服装は?」
「来店時はひとりか?」
「ほかの商品もいっしょに購入したか?」
「店内で飲むのかテイクアウトか?」等です。
観察結果、午前9時前にひとりで来店した顧客がミルクシェイクを頻繁に買っていることが分かりました。ミルクシェイクだけ購入してテイクアウトするのです。そして車で走り去るのです。
今度は、その顧客に直接、購買する理由を聞き出しました。
「すみません、ちょっと教えてください。どうして(どういう目的で)この店に来てミルクシェイクを買ったのですか?」
戸惑う顧客と、「もしミルクシェイクが無かったら何を購入しましたか?」などと会話を続けるうちにドリルの穴が見えてきました。そして共通のジョブを見つけたのです。
それは、「仕事先まで、長く退屈な運転をしなければならない」ということでした。
来店客の多くが通勤時間に気を紛らわせる何かが欲しいという理由でミルクシェイクを購入していたのです。しかも、時間帯からするとお腹は空いていません。そして2時間くらいすると空腹になることがわかります。
でも、このジョブを解決するライバル(代替品)は沢山あるのですが、完璧にこなせるライバルは少なかったのでしょう。
顧客の中には、
「ときにはバナナを食べますよ。だけどバナナじゃダメなんだ。すぐに食べ終えてしまうからね。で、結局また手持ち無沙汰になるのさ。ドーナッツでは手がべたつくし、運転に集中できない。ベーグルはパサついて喉が詰まってしまう」と。
別の顧客は次のように言いました。
「スニッカーズにしたこともあるけれど、この時間に甘いものを食べるのが何だか罪深くて。」と。
しかし、ミルクシェイクはその中で多数のライバルを蹴落としたのです。
粘度が高いミルクシェイクを飲み干すには、相当の時間がかかります。昼までの空腹感を補うにもちょうどよく、運転中も片手で難なく飲むことができました。
ミルクシェイクが彼らに雇われ、彼らの問題を解決したのです。
後半は、ミルクシェイクのジレンマからの学びを整理して、ジョブ理論の神髄に迫ります。
■筆者著書
実践「ジョブ理論」 早嶋 聡史著
総合法令出版 ¥1,944
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