第9回 論理思考の落とし穴
■問い
経営者にとって、論理思考で思考の筋道を整えることは大切です。では、この思考法を続けた結果、差別化とは逆に、むしろコモディティ化を促進することにつながっています。果たしてこの議論は正しいでしょうか?
■答え
ある意味正しいです。
論理思考は、一定の条件下において、同じ出力があれば、思考の筋道が同じになります。従って、成果物としての出力も同じです。
もし、全員が論理思考を身につけ、経営環境の分析を同じ情報ソースから行えば、前提条件が揃います。すると、行き着く議論の結果は同じになることでしょう。そして、その議論の結果を商品化として提供すると、世の中の商品はどれも似たようなものになります。もし、そこに違いを出すとしたら、次は商品を顧客に届けるためのリードタイムです。
しかし、ここにも論理思考で対応されると、やがて同じ仕組みが出来上がり、リードタイムそのものにも組織間の違いがなくなります。
最後はコストでしょう。が、やはりここも同じになり、いわゆる「レッドオーシャンの戦い」に突入するのです。
■解説
論理思考とは、「思考の展開」に対して「筋道」を立てて、「段階を経て判断」する思考方法です。
ここで言う「筋道」とは、「思考の展開」に対して「因果関係が明確」で、「合理性にあっている」状態です。
「因果関係が明確」とは、互いに発生する事象に対して原因と結果の関係の疑いの余地がない状態です。
また「合理性にあう」とは、その筋に無駄がなく、どう考えても、そのように考えることがごく自然な状態です。
さらに「段階的な判断」とは、ある根拠や原因をベースに結論や結果を導き、それらをベースにして、更に次の結論の根拠として論点を整理することです。
思考の筋を示すためには、一部にフォーカスしても完全に整理できたとは言えません。従って全体像を示すことが大切です。事象によっては階層構造が深くなる場合もあるので、結果的に一律で何かを示すことが難しくなります。
従って、段階的に判断を行うことが必然的に行われるのです。
長々と書きましたが、論理思考は、結論に対して違和感なく根拠を示せる状態であり、一定の条件が揃えば、同じような結論を導き出すことができる思考方法です。
■ビジネスにおける論理思考
それでは、ビジネスにおいての論理思考について考察します。
前提が揃い、同一の入力情報に対して一定の結果や成果が出なければ、ビジネスの現場では混乱が起こるでしょう。同じような取り組みに対して、同じような成果が出ることで、安定的に大量の顧客へ解決策を届けることができるのです。
逆に不安定な状態では、予想外の取り組みが必要になり、その対処に膨大なコストがかかってしまいます。
そのため、ある程度の知識レベルの人が同じ入力をして、同じような成果を出せる状態を作ることが、「企業の標準化」といえます。そのような仕組みを構築した企業は、安定的に効率よく、大量の商品を世の中に提供することができるのです。
これらは、一見すると素晴らしい状態ですが、競争戦略の視点で捉えると決してそうとも言えません。
企業は「ミッション」を実現するために「ビジョン」を唱え、その実現のために日々戦略を立てて術をこなします。
その時の経営の尺度の一つである「利益」は、「売上」と「コスト」の差分です。
従って経営戦略のパラメーターは、「差別化を図って高く売る」のか、「同じような商品を誰よりも安く売る」のかによって、実現することが可能になってきます。
現在、多くの社会人や経営者が、論理思考を身につけています。しかし、正しく論理思考を身に着け、理性的な判断をすればするほど、出てくるアウトプットが同じになってくるのです。
つまり、個性や違いがなくなり、ビジネスの「差別化」が出来にくくなってしまうのです。同じ入力に対して正しい答えを出す技術が、結局はビジネスの「コモディティ化」を招くのです。
これは、教育の成果としては素晴らしい結果です。しかし個性という点において、論理思考は反対の影響を与えることになります。
■「ニーズ」か、「ウォンツ」か
マーケティングの概念に「ニーズ」と「ウォンツ」があります。
「ニーズ」は、現状を好ましいと思わず、「在りたい姿」にしたいという状態です。
しかし、そう思いながらも、積極的にその状態を解決したいわけではありません。ニーズが満たされていない場合、もし解決策があれば受け入れますが、喜んで導入するというほどではありません。機能は最低限で良く、できるだけコストを抑えたいと思います。
一方の「ウォンツ」は、現状を悪く思っていません。
そうは言っても現状に満足しているだけでなく、「更に良い状態にしたい」という状態なのです。悪い状況でもないのに、もっとよくしたいと思ったときに何かの解決策があれば喜んで導入するし、コストが高くても検討します。
つまり「ニーズ」よりも、「ウォンツ」に目を向けたほうが、顧客に対して付加価値の高い商品を提供しやすいのです。
ところが、市場の多くはニーズ的な部分で満足するため、規模を大きくすることが難しくなる「トレードオフ」が生じます。
経済学の考え方では、需給バランスによって商品の価値が異なってきます。ニーズ的な欲求が強く、解決策がなかったときは、ある程度高いコストを支払ってでも顧客はその商品を解決するために導入します。
しかし、論理思考が定着して、全員がニーズに対しての解決策を大量に見出すようになると、その商品が一般化して量販店でも取り扱われるようになります。
結果的に価値が下がり、「コモディティ」と化してしまうのです。
考えてみると滑稽ですね。
「囚人のジレンマ」のように、論理的に解を出す作業を経済活動として必死に続けた結果、全員が同じような解決策を提示して、同じ市場の顧客にリーチするための消耗戦になってしまうのです。
■「コスト」と「スピード」、そして「差別化」
当然、ここで勝つためには商品軸そのものは同じようになってしまうので、提供するためのコストとスピードが違いを生むためのポイントになります。
日本企業の強さを鑑みると、「コスト」と「スピード」は確かに強みの一つです。
80年代、ボストンコンサルティンググループは、日本の自動車産業においてコストと品質に次ぐ第三の競争コンセプトにスピードを定義し、タイムベース競争論を展開しています。同じような商品がある場合、手に入れるまでの「リードタイムを短縮した企業に価値が出る」という概念です。同じ商品と提供時間であれば、安く提供する企業に価値が出るのです。
整理すると、論理的な思考が蔓延することで、企業が同じインプット、つまり経営環境に対して同じような解決策になりました。
その結果、時差はあったにしろ、企業が提供した商品、解決策が同じようになり、次の競争軸が「スピード」になり、最後は「コスト」に辿り着きました。
このような手法は論理的に解釈されて「リバースエンジニアリング」となり、欧米の企業でも同じように導入されてきました。
その結果、全ての企業が同じような打ち手を提供するようになり、「差別化」そのものが無くなってしまったのです。
打ち手としては「差別化」です。
「ニーズ」的な商品で市場が埋め尽くされた今、顧客の「ウォンツ」に目を向けて価値を提供することです。
「ニーズ」とは顧客が望む最低限の欲求なので、ある程度は属性や塊によって共通ですし、基本的な欲求なので分析そのものは苦労しません。
一方、「ウォンツ」の部分は、顧客によって異なります。顧客を「個の客」と捉えて正面から向き合い、「個の客」の目指したい姿に対して商品を提案することができれば、当然にその個の客は価値を見出すでしょう。
しかし、これらの作業は非常に手間がかかり、大規模に提供しようとすると論理的思考と標準化の波に押し寄せられ、結局はコモディティ化してしまいます。
価値ある商品でビジネスを行う場合は、なかなか規模を大きくすることは難しいのです。