[第65回 M&A成功への道 その3:投資契約]
【問い】
一般的な事業会社の多くは資本政策に関連する業務は少なく、経験も乏しい先が多いのが実際のところです。「投資契約」というものがあると聞いたのですが、どんなものでしょう?
【方向性】
投資契約とは、ベンチャーキャピタル等、投資家が投資を行う際に投資家・事業会社・経営者などの間で締結する契約です。投資には不確実性が伴います。その不確実性に対する人の考えは様々です。そのための基本的な合意を交わしておく契約が、投資契約です。
【解説】
■投資契約とは
投資した事業会社が上場して事業価値が高まれば、みなさんハッピーになります。ビジネスが必ず上手くいく前提であれば、投資契約は不要だといえます。
しかし投資は「未来」を扱います。
本質的に不確実性を伴いますし、考え方は人によって異なります。当初の想定どおりに事が運ばなかった場合、投資家や経営者の間で紛争や感情のもつれが起きるかもしれません。そのため投資契約によって予め想定されることを事前に合意しておくのです。
このことをネガティブに捉える方もいらっしゃるでしょう。しかし最悪のケースを常に想定し、事業会社がピンチになっても利害関係者が力を合わせて乗り越える道筋が見えてくるかもしれません。
投資を生業にするベンチャーキャピタルでも、投資に対する考えはまちまちです。
ましてや事業会社が新規事業創出の目的で投資をする場合、投資に関するスタンスや考え方の振れ幅は、より大きくなります。投資されるそれら企業もまた経験が少なく、投資に対しての理解が浅いものです。
利害関係者が集まって事業シナジーを生みだし、成功させようとするのですから、たとえ経験豊富な人であっても書面に残して文章で理解することは意義があるのです。
ちなみに投資契約は当事者間の締結であり、登記されるわけでもありません。
そのため外部の方々が契約内容を知ることは困難でした。
日本国内で投資契約を結ぶようになったのは2000年以降ですが、当初はA4用紙・1枚程度の覚え書きにすぎませんでした。
■内容
投資契約の内容はケースバイケースですが、必要な項目をいくつか紹介しましょう。
[募集内容]
まずは募集内容の詳細を書き出します。何株を発行して、1株あたりの株価がいくらで、その投資家が何株を引受けるか、既存の発行済株式の内容と今回の株式発行で総発行済み株式が何株増えて、投資家が全体で何%の株式を保有することになるかを明示します。
[表明保証]
日本の会社法で設立された株式会社であることに、嘘・偽りが無いことを宣言するものです。もし嘘が交じっていたらペナルティを受けることを保証します。反社会的勢力に関係していない旨の条項も、必ずチェックされます。
なかでも投資する事業会社やベンチャー企業の実態を正確に把握しながら記述することが、ポイントになります。
例えばベンチャー企業は、これまで公認会計士の指導を受けて財務諸表を作成していた可能性は低いと思われます。ですから「提出された財務諸表は一般に公正妥当と認められた会計基準に準拠して作成する」といった表明はしない方がいいでしょう。専門家のチェックがほぼ無い場合は、「重要な点において誤りは無い」といった程度の確認ですませる方が無難です。毎月の決算報告についても、「翌月の何日までにレポートする」などと書くものですが、出来もしないコミットであればさせない方がいいでしょう。月次決算の経験がない会社であれば、「当初の1年は4半期に1回の報告にする」程度でも良いでしょう。
重要な事は「できる内容」を投資契約に書くことです。
[取締役会への出席]
投資される会社は、取締役等の役員ポジションを要求することもあります。
ただし投資家によっては責任や負担が増えることから、取締役を嫌う方もいます。その場合は、「取締役会にオブザーバーを出席させる権利」を要求するといいでしょう。
また、勢いがあるベンチャー企業であれば、常にインサイダー情報が満載です。決算情報もあり、取締役に就任しているのであれば四半期決算の開示後、年に4回程度しか保有株式を売却できなくなる縛りもあります。
ベンチャーキャピタルとしては株式を自由なタイミングで売却したいため、株主と会社の独立性を高める目的もあり、上場フェーズになると取締役をやめるケースが多いようです。
[資金回収条項]
株式の売却益に対しても一定の注意が必要です。事業シナジーを期待通りに生み出せず、投資した資金も回収出来ないのは分が悪いものです。そのため投資契約では、資金回収を有利にする条項も盛り込まれます。
[努力義務条項]
投資である以上、当然ながら100%成功することは約束できません。失敗はつきものです。
しかし条件が揃っているのに上場しない場合、投資した企業は資金回収が難しくなってきます。
このため役員やオブザーバーを派遣して、常に投資した会社の経営監督を行いますが、投資する企業の数が増えてくると人的リソースが投資する会社に不足し、ハンズオンそのものが難しくなってきます。
上場に向けて合理的な範囲で最大限の努力をする条項も投資契約に盛り込まれます。
[買取条項]
「◯年までに上場できない場合は、会社と社長が連帯して株式を買い取らなければならない」という条項です。
買取株価についても条項で交渉されるので、双方とも投資の目的等を考えて締結します。投資する側は「上場すること」を念頭に考え、「この条項が何かの役に立つこと」までは考えません。
しかし投資を受ける側は、そもそも株式調達のメリットが失われてしまいます。投資家からすると表明内容に虚偽があった場合はどうにも出来ないので、そのようにならないような買取請求をすべきです。
投資するからには、毎月の取締役会で詳細な情報を確認し、上場への努力を常に怠っていないかをモニタリングできるようにしなければなりません。上場に有益な情報の提供や仲間の紹介など、経営陣をその気にさせて手伝う方法もあります。買取条項は投資契約の中でも表裏一体といえる条項なのです。
[先買権]
投資された会社からすると、投資家が持つ株式を第三者に勝手に売却されても困ります。投資家が株式を売却する場合、会社や社長に相談することを盛り込んだ契約です。投資家としては、仮に社長が第三者に株式を売却するときは、まず投資家が先に買える権利を付けたいと思うのは当然です。
[特別決議に関わる条項]
マイノリティ出資であっても、例えば合弁、事業譲渡、定款変更等は事前に承認を求めてくるでしょう。その場合、投資家が拒否する権利を有する条項も掲げられます。もちろん3分の1より少ない割合の投資では会社法上、拒否権を発動することはできませんので、交渉次第にはなります。
[優先引受権]
たとえば投資家が10%をキープしたければ、常にキープできる権利を有します。いわば追加的に割当増資を実施する際、先に出資する権利です。これによって10%を割り込まないようにすることができます。
[共同売買権]
投資した会社が売却される場合に、投資家の株式を揃えて売却する権利のことです。投資家からすると社長だけが株式を売却して抜けてもらっても困るため、「社長が売るときは投資家も一緒に売る」ということを掲げた条項です。
投資契約の内容を理解すると、投資家がどのようなリスクを考えて事業会社やベンチャー企業に投資しているかが、少しは見えてきたのではありませんか.