最近「広域渋谷圏構想」なる不思議な言葉を目にしました。
気になって調べてみると「TOKYU GREATER SHIBUYA STRATEGY」という、なにやら大きな企業戦略であることが分かりました。

もう少しかみ砕いて説明します。
「TOKYU」はもちろん東急グループ。「GREATER SHIBUYA」は「渋谷駅を中心とした半径2.5km圏内」のこと。ちなみに「GREATER」は「より大きな(広域圏)」「重要な・優れた」という意味。見方を変えると「東急という一企業が、お膝元の渋谷経済圏を広げる戦略」と読み替えることができます。そしてこの戦略は、「GREATER SHIBUYA 1.0」→「同2.0」へ進化しているようです。表向きには「渋谷100年に一度の再開発」といわれ、2027年まで続くそうです。

そして、渋谷に負けじと再開発に猛進する原宿・神宮前交差点に、2024年4月17日に誕生したのが東急プラザ表参道「ハラカド」です。対角には12年前にオープンした都市型東急プラザの先輩を「オモカド」と名称変更し、まさに「オモハラ」ペア(筆者命名)として広域渋谷圏内のあらたな番人のポジションに就任しました。
ここで、あらためて「ハラカド」のコンセプトというかヴィジョンをチェックしてみました。
「新たな文化発信拠点」として「かつて『原宿セントラルアパート』があって、1960~70年代には多くの新進カメラマン・デザイナー・イラストレーター・コピーライターなどのクリエーターが事務所を構え、一種の文化人サロンとなっていた。その地にクリエーター達を呼び戻し、創造的だった原宿の活気を取り戻すこと」という、壮大な文言が様々なメディアで発信されています(これが消費者やクリエーターに届いているかは疑問ですが)。
そんなシン・発信拠点の中身と言えば、フロアガイドを見れば一目瞭然です。
これを確かめるべく現地に向かうと、一瞬「オモハラ」ペアの突出した外装に視線を奪われますが、見るだけなら2か所を回っても1時間も掛からない程度です。

緑化した屋上広場には、お馴染みの「POP-UP SPACE」、著名なアートプロデューサーが統括する「ハラッパ」なるフロアには「下鴨茶寮」(京都)と「私立珈琲小学校」(墨田区)の意外な組み合わせで話題取りを狙った共同運営「ハラカドカフェ」と、アート作品の展示のみという贅沢なフロアにちょっと戸惑いを感じます。

75店舗のテナントにアパレルが少ないのは、今の商業施設づくりの常識ですが、何といっても目玉(らしいの)がB1Fに出店した銭湯「小杉湯原宿」。
1933年創業で、国登録有形文化財にも指定されている東京・高円寺の老舗銭湯ですが、三代目の若手オーナーが一念発起して出店したとのこと。ちなみに全国の銭湯数はピーク時の17,999軒(1968年)から1865軒(2022年)に激減、東京には444軒(令和5年東京都発表資料より)営業していますが、近年は小杉湯同様、若いオーナーやクリエーター達がユニークな銭湯(東京・錦糸町『黄金湯』他)をプロデュースしています。
最近のサウナブームが地方の町おこしに貢献しているという話を耳にしますが、この銭湯が文化発信拠点で重要な役割を果たすかどうかは、個人的には大いに疑問を感じています。アイドルタイムにDJイベントや落語をやったり、某有名アパレルとコラボグッズを発売することが、新しい文化発信とは思えないからです。

かつて渋谷パルコラフォーレ原宿は、良きライバルとしてしのぎを削りながら、個性の異なるファッションやライフスタイル、カルチャーを発信し、SNSやスマホが無い時代にもかかわらず消費者との活発なコミュニケーションを取りました。明治通りを歩きながらライバルの2拠点を行き来して、情報を入手する醍醐味もあったのです。

このような半世紀にわたる正真正銘の「まちづくり」の歴史を、100年に1度の大規模再開発の名の下、消費者不在の企業戦略で安易にアップデートすることは、非常に大きな代償を伴うのではないかと感じている一人です。

profile

柴田廣次
しばた・ひろつぐ/1960年、福島県郡山市生まれ。筑波大学を卒業後、1983年株式会社パルコ入社。2004年〜2007年には大分パルコ店長を経験。2018年2月に独立し「Long Distance Love 合同会社」を設立。
■Long Distance Love合同会社
https://longdistancelove.jp
■コラムインコラム お薦めはしないが、紹介すべき1
私が株式会社パルコに勤め始めた約30数年前、当時渋谷はマスコミ的には何かにつけ「西武(堤帝国)vs東急(五島王国)の対立構造で語られることが多かったような気がします。でも西武百貨店及びグループ会社から見れば一匹狼のパルコは、東急なんてこれっぽっちも意識していませんでした。要するに渋谷文化の顔は西武であり、パルコであり、東急なんてせいぜい映画館とプラネタリウムがあるくらいと考えていました(もちろんこれらの施設は渋谷のシンボルでもありましたが)。
ところがバブル真っ只中の1989年にBunkamuraが開業し、若西武(セゾン)グループの独壇場だった文化事業に東急グループが本気で乗り込んできたことで、若干風向きが変わって来た感じがしました。当時の渋谷西武や渋谷パルコが積極的に手掛けてきた劇場・映画館・ギャラリー等の文化施設運営や若手アーティストの発掘・育成等のプロジェクトを遥かに上回るスケールでまるごと展開し始めたのです。当時パルコの宣伝やセールスプロモーションを担当していた私にとって、これこそが「西武(パルコ)と東急の仁義なき戦い」が始まったと実感した記憶があります(←決して大げさではありません)。
その後、時は流れて両者の展開(勝敗)は、今の渋谷周辺の大規模開発を見れば、表向きは東急グループの圧勝と映るでしょう(渋谷パルコは孤軍奮闘していると思います)。
そしてこんな本までも世に出ることになったわけです。「文化・芸術のマーケティング Bunkamura も実践する“満足”を生み出すチャレンジ」。自身に満ち溢れたタイトルも凄いですが、執筆者は株式会社東急文化村/マーケティング部長、出版元は東急エージェンシー。立派な自社PR誌(自費出版)ですね。
私の場合、いまさら反面教師的な視点で読んでも意味はないですが、いわゆる社内資料(プレゼン・決裁資料・お勉強資料)を再構成したような内容なので、書店の店頭でパラパラとめくるだけでほぼ分かります。