2023年11月24日、約300件の権利者との約35年に及ぶ調整の末、大規模再開発(≒東京ディストピア化)のシンボル「麻布台ヒルズ」が遂にオープン。コンセプトは「緑に包まれ、人と人をつなぐ広場のような街―Modern Urban Village」。
確かに東京ドーム約1.7個分の敷地に緑地が占める割合が約30%という広報資料の数字から受ける、環境に配慮したイメージと「あべのハルカス」(大阪)を抜いて、日本一の高さを誇るビルは「35年かけて開発! “日本一高いビル”麻布台ヒルズは日本経済を変えるのか」(テレ東BIZ)、と瞬間風速的な高評価が飛び交っています。
ここで詳細はお伝えしませんが、コロナ禍が落ち着いた2023年に「八重洲ミッドタウン」(3月)、「虎ノ門ヒルズ」(10月)、「麻布台ヒルズ」(11月)、そして大規模再開発のラスボス「渋谷サクラステージ」(11月竣工、以降順次開業)等が東京の顔・景色を一変させることになりました。
ここからが今年最後の本題「コピー可能な『スタイル(コンセプト)』と、真似できない『カルチャー(文化)』の違い」です。

このコラムでも何度か書きましたが(「#5 消えゆく立ち食いの文化と立ち呑みの美学「#25 なぜ再開発担当者は”横丁”や“路地裏”が好きなのか」)、大規模再開発ビルの分かりやすい目玉はラグジュアリーホテルの誘致と東京初出店が中心のグルメゾーンです。特に「食」がテーマの新規性・企画性がビルの話題性・差別性・集客力の生命線になっていることは間違いありません。

そこで一斉に安易に取り入れられたのが「(昭和の)立ち飲みスタイルと横丁コンセプト」です。経験の浅い(歴史を知らない)グルメ開発担当者は「『立飲み』スタイルの『角打ち』が並ぶスタイリッシュな『ネオ横丁』でハシゴ酒を楽しみましょう!!」とかいう摩訶不思議なコピーをうっかりプレスリリースに載せたりしてしまいます。

そもそも酒販店(町の酒屋)で買ったお酒を、家に持ち帰るまで待ちきれないのんべえのために、苦肉の策(?)で店の一角に作った立飲み場が「角打ち」です。

ただ立って飲むスタイルの立飲み居酒屋とは似て非なるモノ。発祥は福岡県北九州市と言われていますが、東京・下町のイメージも強く、現在登録店舗数は80数軒。いまだに続く昭和レトロブームに乗って様々な世代(特に若い女性も急増中らしい)に一時的に関心が持たれています。
しかし「町中華」「純喫茶」「カラオケスナック」等と同様、後継者不足(店主の高齢化)、再開発による立ち退き問題等で話題性がある反面、減少化に歯止めは効かないようです。

一方、時代の荒波にもまれながら、日本の酒呑み文化をアップデートさせてサバイバルする素晴らしいお店もまだまだたくさんあります。
飲食店街の雑踏から離れたところにある「藤田酒店」(神田・メイン画像)は角打ち屋の典型メニュー×居酒屋並みの広い立飲みスペースを設けた(拡充した)まさに歴史あるネオ角打ち屋。
富士屋本店」(渋谷・画像は富士屋本店Facebookより)はいったん100年に一度の再開発に飲み込まれましたが、割烹・ビストロ級の料理と母体の酒屋から取り寄せる多様な酒類をリーズナブルに(角打ち的に)徹底した立呑みスタイルで提供する超人気店です。
他にもあらゆるスタイルの飲食店がしのぎを削る観光地で圧倒的な支持を受ける「洒落者」(浅草)も超ハイレベルなおつまみと希少な日本酒を極めて安価で提供するという志の高いおホンモノの立呑み店のひとつです。
東京出張の際、大規模開発施設に突如誕生した、スタイリッシュでおしゃれな立飲み屋をハシゴするのも良いですが、失われつつある酒場を放浪する「吉田類」的酒飲み文化をぜひ体験して下さい。

profile

柴田廣次
しばた・ひろつぐ/1960年、福島県郡山市生まれ。筑波大学卒業後、1983年株式会社パルコ入社。2004年〜2007年には大分パルコ店長を経験。2018年2月に独立し「Long Distance Love 合同会社」を設立。
■Long Distance Love合同会社
https://longdistancelove.jp
■コラムインコラム
「異次元なのに腑に落ちる唯一無二の人生相談!」が腑に落ちた!
 2023年は国内外の多くの偉大なアーティスト(特に8人の音楽家)たちがあの世に召された年として記憶に残ることになるでしょう。
そんな中、御年87歳の世界的画家、横尾忠則氏の(おそらく)最新刊「老いと創造 朦朧人生相談」の内容があまりに衝撃的でした。
「まえがきのようなもの」と題されたまえがきでいきなり「朦朧として87年間生きてきた自分に、人様の人生相談にのって、答える資格なんてありません。」と言い放ってしまいます。8つのカテゴリー、計50の質問に横尾ワールド全開の回答に加え、それに相応しい横尾氏の作品(オールカラー)を添えるという画期的な構成になっています。質問者の「年齢・性別・職業」等の情報は一切記載されていませんが、かなりリアルかつ繊細な質問が投げかけられています。
例えば「衰えていく親を、どこまでケアすべきでしょうか?」という切実な内容から「絵やイラストを上手く描くコツを教えてください。」といった世界的画家に相談することか!と思わずツッコミたくなるようなモノまで多種多様。
興味深い回答については、ぜひ本を読んで確かめていただきたいと思います。全ての回答が想定外であり、「僕は半ば死者の目で、この生者のいる現世を眺めている」という視点に貫かれた言葉が、結局腑に落ちてしまうという、実に不思議な人生相談を自分事のように実感できます。
「結局は、考え方は人それぞれです。ご自分の気分で決めてください。」という、至極真っ当な姿勢で貫かれている、読後が爽快な人生の裏バイブル的一冊です。