※メイン写真はコロナ禍前のライヴ通い回顧録vol.1「マーク・ジュリアナ・カルテット@コットンクラブ」

■投げ銭が音楽業界を救う⁉
 いきなりですが、今回のコラムタイトルの「投げ銭」にピンとくる人が40代以上であることは間違いありません。一応お金の単位である「銭」を投げる行為は、もはや買い物にほとんど現金を使わない世代にとって何のことか分からないのも当然です。
そんな過去の遺物とも言える「投げ銭」がコロナ禍で最も打撃を受けたエンタメ界、特に音楽業界を救うとはどういうことでしょうか?

補足すると「投げ銭」とは、特にライヴハウス等の小規模公演の際に、いわゆる入場料やチャージとは別に出演者に追加で支払う激励金のようなもの。今でも小劇場の人気俳優へのおひねり、商店街や神社境内の大道芸人や猿回しに投げ入れる光景は見掛けますが、この昔ながらのエンタメ版チップシステムを2020年代にアップデートさせたのが「MUSER」というサービスです。厳密には「音楽ライブに特化したストリーミング配信サービス」です。

※復活!東京・浅草神社の恒例「週末の猿回し」

コロナ禍以前はアーティスト直接の「投げ銭」ではなく、高い入場料やグッズを買ったり、ライヴを観ながら豪華な食事とお酒にお金を投じることで、間接的にギャラに反映させていました。ところが有観客ライヴの開催もままならなくなり、「ストリーミング配信」という手段で何とかライヴ感、すなわち観客との一体感を演出して、ビジネスとして成立させる努力をしている現在の音楽業界…。

もちろんこのやり方で以前と同じ様な結果を出せるのは、ほんの一握りのアーティストのみです(これについては今回のコラムインコラムで紹介した「経済はロックに学べ!」に詳しく書かれています)。こんな窮状に陥っているアーティストや音楽業界関係者に一筋の光を与え掛けているのが「MUSER」と言えるかもしれません。

コロナ禍前のライヴ通い回顧録 vol.2「ブランドン・コールマンft.カマシ・ワシントン@ビルボード・ライヴ東京」

このサービスのユニークな点は、単なる「ライヴ配信」システムではなく、ライヴ中のアーティストに「YELL」(「エール」を送ると同じ意味)というオリジナルの通貨単位で、チップを渡せる行為=デジタル「投げ銭」が可能な事です。
かつてガールズコレクション等の大型ファッションイベントで、ショーを観ながらモデルが来ているブランドをその場でスマホで買うことができる行為に近い感覚かも知れません。さらに配信を視聴しているファンとライヴ会場さながらのやり取りが画面を通したチャットで可能になり、まさに「with コロナ」時代の音楽ライヴの可能性を実現しつつあるサービスと言えます。
「投げ銭」以外にも「専用チャンネル」や「アーカイブ」によって、継続的なファンとの繋がりもキープできるという機能も備えており、特に瀕死状態とも言えるライヴハウス関係者やミュージシャンにとっては救いの手になるかもしれません。

とはいえ、まだまだ棘の道が続いているのも確か。
アリーナクラスの会場で、4年に一度の全国ツアーでやっていけるメジャーアーティストでも、100人前後の小屋で年間100本以上のライヴをこなしている若手バンドでも、映像を通して、すなわち配信システムを使ってファンの関心を繋ぎとめる事は、同じくらい困難な時代になりました。

コロナ禍前のライヴ通い回顧録 vol.3「スナーキー・パピー@ブルーノート東京」

そもそも音楽視聴環境がレコード、CD、ラジオから、スマホに配信される「サブスク」サービスにほぼシフトしています。おかげでレコード会社や既存の音楽メディアに守られた大物アーティストの地位は脅かされ、街頭ライヴやオーディション等の下積み活動を余儀なくされていた若手/無名/自称ミュージシャンは「一獲千金」「下剋上」の夢を見ることが可能となりました。
これからの音楽業界は、他業界とは比べられないほどの「レッドオーシャン」に変貌したと言えるかもしれません。

個人的には、家では滅多に飲まない高級ワインやフランス創作料理に舌鼓を打ちながら、大好きな海外アーティストを至近距離で観る日々が戻ってくることを願うばかりです。
終演後に、ご贔屓のミュージシャンに「投げ銭」や「おひねり」代りに、CDやグッズを買って、サインをもらったり、記念撮影する楽しみは格別な音楽体験ですから。

※我が家の家宝

profile

柴田廣次
しばた・ひろつぐ/1960年、福島県郡山市生まれ。筑波大学卒業後、1983年株式会社パルコ入社。2004年〜2007年には大分パルコ店長を経験。2018年2月に独立し「Long Distance Love 合同会社」を設立。
■Long Distance Love合同会社
https://longdistancelove.jp
■「TOKYO LAB 2019」@渋谷クラブクアトロ
Long Distance Loveプロデュースイベント
https://youtu.be/_w89k-PK_O0
■コラムインコラム
「ホントは教えたくない1冊

 冒頭から矛盾していますが、今回ご紹介する本はぜひとも、より多くの方々に読んで欲しいです。もちろんロックにも経済にも興味がない方々にも、です。タイトルは「経済はロックに学べ!」。ちょいと胡散臭さを感じる気も。しかも紹介文(帯)には「バラク・オバマ絶賛‼」だって。これはちょっと穏やかではないと感じました。実際2011~2013年米大統領経済諮問委員会のトップとして、オバマ大統領の経済ブレーンを務めた経歴からも、文字通り「穏やかではない」本と直感し、手に取りました。一言「面白過ぎ」です! もちろん舞台はアメリカ中心のグローバルな音楽市場なので、日本の音楽産業の裏話とはスケールが違います。しかしコロナ禍で海外大物アーティストが勢揃いする大型フェスが軒並み中止となる中、対岸の火事とは思えないのも事実。アッと驚く世界の音楽市場の謎や闇が盛り沢山ですが、個人的に興味をそそられたのは、やはりストリーミングサービスの破壊的威力の話でしょうか。最近最も注目を集める音楽産業の話題が「著名ミュージシャン達によるSpotifyからの楽曲引き下げ」問題なので、特に夢中になって一気読みしました。もちろん500ページ近い分厚い本書を読破したからと言って、経済の今が理解できるわけではありませんが、少なくともリアリティに溢れた最高の教材であることは「看板に偽りなし」です! 「付け焼刃の知識」として「知ったかぶり」するにももってこいです。
*2021年6月9日(ロックの日)に意図的に日本で発売された本書の著者、アラン・B・クルーガー氏は1960年生まれで、洋楽偏向愛好家である私と同い年。勝手に親近感を持っていたら…2019年死去とのことなので、おそらく本書が遺書となるはず。遅ればせながら…R.I.P。