※「第22回 姫野由香さん/大分大学 理工学部助教 #1」からの続き

■別府はネイバーフッドシティ?

──「コンパクトシティ」「ネイバーフッドシティ」といった用語も、一般的に語られるようになりました。これについてはどう思いますか。

姫野 コンパクトシティは、簡単にいうと「居住圏を小さくまとめる」まちづくりですが、実現するにはコントロールが必要です。大都市の理論を地方にカスタマイズしなければいけませんし、街の歴史や防災の視点も大切です。よく「居住誘導区域かそれ以外か」で議論される傾向にあるのですが、それだけではない選択肢が必要だと思っています。気候変動によって居住出来る領域も変わってきていますが、何百年と人々が住み、生活を営んできた地に、ルールだけで住める住めないを決めるのはちょっと強引すぎるかなと感じます。地方は地方のやり方を見出して、国に提案したらよいと思っています。一方の「ネイバーフッドシティ」は徒歩圏内で便利よく生活を営むことができる都市モデルで、イギリスやアメリカのポートランド(オレゴン州)などで提唱されてきました。
別府はある意味、ネイバーフッドの考え方にすでに近いかもしれませんね。身体が少し不自由なご老人でも、歩いて近所の温泉に通っていますから。私が高校生のとき、
永石温泉に通っていたのですが「あの人、もう3日も見ちょらんね」という会話を聞いて驚きました。当時の私は、マンションの隣人ですら1ヶ月くらい会わないこともある状況だったので、共同温泉のコミュニティが、暮らしの見守りになっているのだなと思いました。

──共同温泉という文化が残っているのも、別府らしいですね。
姫野 まちの文化は、そこに「居る人」によって育まれます。移住、定住、もとからいる人、みんなが創り出しているものです。「ワーケーション」という言葉が登場するなど、コロナ禍は旅行・移住・定住の境目を失くしつつあると思います。地域は新しい人の登場によって、より良くなったり、面白くなることもあるでしょうし、その逆もあります。でもこの変化って魅力的ですよね。新しい風を地域の魅力に変えてしまうのもまた、別府の底力だと思います。それを支えているのは共同温泉なのではないかな。近頃は、移住者とみられる赤ちゃんを連れた若いお母さんや、日本語が出来ない外国人の方ともお風呂でよく一緒になります。近所のお婆ちゃんが赤ちゃんを抱っこしている間に、若いお母さんが髪を洗ったり、私は英会話の練習ができたり(笑)。共同温泉は、別府にとってつながりの「要」だなと思います。
■「まちと関わる」ということ
──コロナ禍で観光客が減少しています。

姫野 私は「観光地のライフ・サイクルの研究」も行っています。観光には必ず波があり、その波の増減をできるだけ小さくして、持続可能な観光地を目指すための工夫を探求する研究です。波の動きがあるときは、プレーヤーが変わるとき、つまり世代交代や事業者が変わるなどの転換の時期で、今の別府はその入れ替えの時期にあたるのだろうとみています。コロナ禍でも、地場企業は踏ん張ってきました。この地で生きていく責任や守っていこうという意志があるからです。そういう「志」の有る方々が、これまで地域を支えてきたし、だからこそ各地が個性的で魅力的なんです。一方で、県外の大手資本が押し寄せている現状もあります。地域に新たな投資が起きるということは、良いこともあれば、長い目で見ると不安になることもあります。

──新しい世代の人たちの力量が問われますね。
姫野 人が地域の魅力を創るという点では、別府には元気で頑張っている人、特に女性が大勢いることにも注目しています。たとえば鉄輪の「冨士屋ギャラリー 一也百」さんも、もともと旅館だった建物を取り壊す計画から長女の安波治子さんが救い、カフェとギャラリーに機能転換させています。このランドマークがなかったら今、鉄輪はどんなまちだったでしょうか。先般、事業承継を果たした鉄輪豚まん本舗さんもそうですが、その後、鉄輪では複数の空き家や湯治宿が再生されるなど、何れも女性の活躍が目立ちますね。先ほど、観光や移住の境目が無くなりつつあると話しましたが、移住者を招いて人口を増やそうとすると、結局は日本国内で人の取り合いになってしまいますよね。そんな背景もあり、「関係人口」=地域にご縁の有る人を増やそうという取り組みが広がっているんです。

──「関係人口」という言葉も、よく聞くようになりました。
姫野 関係人口という言葉は、「人」を「ボリューム」扱いしていて、あまり好きではないので「ご縁の有る人」と呼びたいです(笑)。「ご縁の有る人」というのは、その地域に住んでいる人だけでなく、旅行者、リピーターやファン、たまに来る人など、そんな色々な属性の幅がある人たちのことです。住んでいなくてもいい、たまに来るだけでも、ふるさと納税で応援してくれるでもいい、そういった人たちや、地域の政ごとを支えるコアな人々を大事にできるまちづくりが必要だと思っています。そのための方策ってなんだろうと研究をしているところです。しかし、地域を支えるコアな方々はあと510年後にはいなくなってしまう地域も少なくありません。例えば先日、大分市の、とある集落を訪問しました。6世帯9人、最年少は70代というのです。どうすべきかの結論はまだ出ていませんが、大きな課題だと思います。

profile

姫野由香(ひめの・ゆか)/国立大学法人大分大学理工学部創生工学科建築学コース助教。1975年、大分市生まれ。大分大学大学院工学研究科建設工学専攻を修了後、大分大学工学部建設工学科助手を経て、2008年より現職。研究分野は建築・都市計画、景観、観光、まちづくり、中心市街地再生、離島振興など。別府市をフィールドとした研究も多く、近年発表の論文は「温泉観光地における民泊施設の立地分析と住民評価の実態」(共著)。文化庁芸術文化振興基金運営委員、大分県環境影響評価委員、大分県景観計画策定委員ほか公職多数。詳細は科学技術振興機構サイトを参照。
■国立大学法人 大分大学
https://www.oita-u.ac.jp

■大分大学 理工学部
https://www.st.oita-u.ac.jp

■建築・都市計画研究室+姫野由香
http://www.arch.oita-u.ac.jp/urban/lab/