別府で生まれたアートNPO、BEPPU PROJECTによる、2016年からの新展開が『InBeppu』だ。その第一弾で招聘された『目』は、これまで宇都宮美術館や銀座資生堂ギャラリー等で手がけたインスタレーションが大きな話題を呼び、大分市で開催された『おおいたトイレンナーレ2015』でも作品を展示している芸術活動チームで、早くも話題を呼んでいる。日本一の温泉街にアートの息吹をもたらした『混浴温泉世界』から『InBeppu』開催に至った経緯を、引き続き代表理事・山出淳也氏に訊く。
『混浴温泉世界』から『In Beppu』へ
——国際的な芸術祭である『混浴温泉世界』は3回続き、交流人口も増やしました。
山出 山出 『混浴温泉世界』は2009年に始まり、2012年、2015年と、準備から含めると10年間続けてきたのですが、実は開始当初から10年経過した時点で一度見直しをしなければならないと思っていました。そもそも3回続けるのは難しいと思っていましたし、もし3回続けられたら4回目もやってくれという事になり、そのうち続ける事だけが目的になって、だんだん当初の思いからブレていく。そこで3回目が終わったタイミングでスッパリとやめて、見直しを図ろうと決めていました。
——『混浴温泉世界』そのものも、回を重ねる毎にその形が変化していきましたね。
山出 1回目はまちなかを回遊し、2回目はまちが持つ課題、つまり人が来なくなった商店街の現状に向きあいました。3回目を企画する時、もともと僕は何をやりたかったのか振り返ってみたのです。僕がフランスに住んでいた時に、インターネットで別府のことを書いたある記事を読みました。その記事には、たとえ参加者がひとりでも実施するまち歩きツアーがあると書かれていて、そのツアーをやっている人達に会ってみたいと思ったのが帰国のきっかけになりました。そこで3回目の『混浴温泉世界』は、その原点に戻ってみようとツアー形式でやることにしたのです。
——ツアー形式にすると、自ずと参加者は限られてきたのでは?
山出 『混浴温泉世界』の開始と前後して、国内でもたくさんの芸術祭が開催されるようになりました。僕も仕掛人の一人として、うれしく思う反面、ともすれば金太郎飴みたいにどこでも同じようなものになりかねないことを危惧してもいます。ただし『混浴温泉世界』と他の芸術祭の根本的な違いは、市民が主体であることと、数多の活動を続けていくことで「このまちを一番知っている存在」でありたいと思っていること。ツアー形式は、それをもっとも体感できる形です。2015年は、閉ざされた地下街や廃映画館など、普段は入れない場所を会場にしました。ガイドが一つ一つ鍵を開けながら案内し、そのツアーのためだけに作品を操作したり、演奏したりする。ある意味、個別のお客様のためだけのスペシャルなツアーなのです。
——通常の美術館や芸術祭では考えられない企画ですね。
山出 まったく違う発想ですね。通常は入口で受付を済ませれば、好きな作品の前に何時間いても構わないし、お客様が自由勝手に鑑賞してくれるので、主催者としても手間がかからない。一方、このツアーは演劇やパフォーマンスの公演に近いんです。座席数が決まっていて、毎回少人数を対象にライブで開催していました。どうしてこんなに大変な事をしていたのかというと、アートの価値を伝えたいというのはもちろんですが、まずは別府のファンになってもらいたいという想いが強いのです。一気に100人が来てくれるより、1人が100回来てくれる価値を大切にする芸術祭の実現を目指したのです。
——地域に及ぼす経済効果はどうなのでしょう。
山出 『混浴温泉世界』は、大分県を訪れる動機やきっかけにもなりました。特に2015年はJRグループと大分県の官民が共同で取り組んだデスティネーションキャンペーンもあり、お客様を県内各地に繋げていく役割も果たしたと思います。また、3回の開催データを分析してみると、色んなことがわかってきました。まず普段やっているワークショップや講演会は当然地元客が多いのですが、『混浴温泉世界』では県外客も多いので、彼らの声も聴くことで今の僕たちに足りないものが見えてきました。
——たとえばどんなことですか?
山出 まず年齢・性別を見てみると、最初の2009年に一番多かった来場者層は20代女性。それが2回目の2012年になると30代女性が肩を並べるくらいに増え、3回目の2015年にはついに30代女性が一番多い来場者層になりました。僕らが始めた翌年の2010年に『瀬戸内国際芸術祭』が始まるなど、全国各地でアートイベントが増えはじめました。それに伴う現代美術ファンの広がりもあり、『混浴温泉世界』の来場者も増え、リピーターとなった人達もいます。ただし、この結果を見てゾッとしたのは、当初のBEPPU PROJECTのスタッフは学生が中心で20代にリーチできていたのですが、2回、3回とやる毎にみんな年齢を重ね、今は20代へのアプローチが弱くなってしまったのではないかとも考えられます。実際、当初のスタッフの平均年齢は24~25歳だったのに、今は32~33歳。このままでは来場者も運営側も高年齢化していく恐れもあり、今後の課題ですね。
——観光に関してはいかがでしょう。
山出 来場者比率は2009年の県外客が57%、2012年が62%、2015年が71%と着実に増えています。しかし、ここで特筆すべきは滞在期間です。「別府市観光動態要覧」を基に算出したデータを見ると、2009年は日帰り客が51%で一番多かったのですが、2012年になると日帰り客39%、1泊客が29%、2泊客23%、3泊以上9%とトータルでは宿泊客の数が上回っています。さらに2015年は日帰り客30%、1泊客22%、2泊客33%、3泊以上15%と2泊客がもっとも多くなり、観光消費額も2012年の4億2千万円が4億7千万円と増えています。来場者数だけ見ると2009年が約9万2千人、2012年が約11万7千人に対し、2015年はツアー形式だったため参加人数が限られていたので約5万3千人と減少しています。ですが、基本的に一泊二日での参加を想定して企画しており、これに観光や温泉、『国東半島芸術祭』の作品巡りや、同時期に開催した『おおいたトイレンナーレ』(大分市)への参加などを組み合わせる事によって、結果的に2泊3日の滞在となり、経済効果も高まったのです。芸術祭の本来の評価は必ずしも観光消費額だけが重要というわけではありませんが、確実にファンが増えたという成果は大きいと思います。
——そこから2016年からの新プロジェクト『In Beppu』へと繋がっていくのですね。第一回は注目の芸術活動チーム『目』が、別府市役所内に不思議な空間を創り出しています。その開催経緯をあらためてお聞かせください。
山出 日本国中でアートイベントが花盛りとなっていくなか、これからの芸術祭には何が求められるのだろうと考えはじめました。そこで別府じゃないとできない、エッジが効いた特殊なプロジェクトに挑戦してみたいと考えたのです。開催頻度も別府には2年に一度、もしくは毎年くらいのスパンが適していると考えましたが、とても予算的に厳しい。国内有数の芸術祭となった『瀬戸内国際芸術祭』や『あいちトリエンナーレ』は、『混浴温泉世界』の約10倍前後の予算を70~80人のアーティストに分配して制作費に充当するのですが、別府だとそういうわけにはいきません。それでも今しか体験できない良い作品を、特に子どもたちに感じてもらいたい。そこでたどり着いたのが、毎年1 組のアーティストのみを選んだ個展形式のプロジェクトです。これまでの『混浴温泉世界』は企画から入ってきた来場者が多かったのですが、『In Beppu』ではどんなアーティストかが入口になっています。
——ツアー形式なので来場者数は限定されますね。
山出 多くの人が関わるアートイベントとして成長した『ベップ・アート・マンス』を同時期に開催し、『In Beppu』はその目玉事業として位置付けています。しかも今回は別府市をはじめ色々な方面にご理解いただき、別府市役所の中を会場にしました。『混浴温泉世界』は中心市街地をメイン会場にしていましたが、『In Beppu』では会場が毎回変わり、エリアによって関わる人も入れ替わっていきます。市役所を選んだのは、これからも続けていくという姿勢を発信するには、もっとも適した場所だと思ったことにあります。しかも今回は市役所職員の皆さんが当事者になることも、もうひとつの大きなテーマになってきます。
——大きなテーマとは?
山出 これまで『混浴温泉世界』では文化事業に携わる担当課の方々に関わっていただきました。しかし僕は“文化”とは、どのセクションであっても、なんらかの関わりがあると思うのです。たとえば食も文化であり、地域のお祭りも独特の文化ですし、それに関連して観光や市有財産の活用など、縦割りの中に収まる話ではなくなり、複数の課にまたがりながら事業は成立していきます。『In Beppu』開催にあたり、ある意味、迷惑もするでしょうが、強制的に間近で体感することで、これまで「アートのことはわからない」と敬遠していた職員の皆さんにも何かを感じてもらいたいと考えています。
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