中小企業の事業承継をサポートする公的な相談窓口として、2015年に開設された大分県事業引継ぎ支援センター。経営者の高齢化が加速し、後継者不足による廃業が急増する中、大分県の事業承継はどのような状況になっているのか、また、今後に向けた課題にはどのようなものがあるのか。統括責任者補佐の朝来浩一郎氏に話を訊いてきました。
■事業承継のプロフェッショナルとして
──中小企業の事業承継は、大きな社会課題になっています。
朝来 70歳を超える中小企業経営者は2025年までに約245万人にのぼり、そのうち約半数の127万人、つまり日本の企業の約3分の1が後継者が未定の状態になると予測されています。この現状を放置すると後継者不足による廃業が急増し、2025年頃までに累計約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があり、国も事業承継の支援に乗り出したのです。
その一環として2011年に国は「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」を改正し、各県に事業引継ぎ相談窓口を設置しました。その結果、事業引継ぎに係る支援ニーズが多く、支援体制の整った地域に事業引継ぎ支援センターを設置し、より専門的な支援を実施しています。大分県事業引継ぎ支援センター(以下、「支援センター」)は、2015年に大分県商工会連合会が九州経済産業局から委託を受けて設置されました。
──同様の相談窓口は、全都道府県にあるのですか。
朝来 昨年、鹿児島県が事業承継支援事務局を開設したことで、47都道府県すべてに窓口が設置されました。こうした公的な相談窓口は、過疎化が進み、事業を承継できる若手が少ない地方にこそ必要です。たとえば倒産と廃業の比率を比べてみますと、全国平均は1:3から1:4なのに対し、大分県は1:9、お隣の宮崎県に至っては1:12です。この数字を改善させるために当支援センターでは5年をかけて体制を整えてきました。これからは、今まで以上に様々な事業承継事例を、実績として積み上げていくことが私たちの役割です。
──支援センターができてから、事業承継の現場に変化はありましたか?
朝来 これまで経営者が相談する先は、取引金融機関や顧問の税理士しか頭に浮かびませんでした。中小企業向けのM&Aを担当する民間会社もありますが、「手数料を払ってまで」と考える経営者も多いようです。このように必ずしも事業承継の専門家に相談できる環境ではなかったので、公的な相談窓口ができた意味は大きいと思います。
■第三者事業承継にあたって留意すべきこと
──事業承継には大きく分けて、どんな方法がありますか。
朝来 基本的には、経営者の子息や子女などに承継する「親族間承継」、働いていた従業員に承継する「従業員承継」、そして第三者の企業が事業を買収する「第三者承継(M&A)」があります。さらに昨年、事業承継ニーズの掘り起こしと親族内承継支援の強化を目的として新たに国が策定したプッシュ型事業承継支援高度化事業に基づいて、当支援センターではワンストップであらゆる事業承継に対応できる体制になりました。
また2017年からは、「起業や独立を目指す人」「U・Iターン希望者」の個人と、「承継先を探す企業」を引き合わせる後継者人材バンクもスタートしています。
──一般的に親族間承継の方が多いのでしょうが、第三者承継の場合、相談の流れはどうなりますか。
朝来 まずは事業を「売りたい」企業と「買いたい」企業、それぞれをデータベースに登録した上で、センターへ登録している民間M&A事業者への情報提供を行ったり、センター内登録企業同士、場合によっては他県のセンター間でのマッチング支援を行います。
センターで支援する場合は、両経営者とで面談を行い、売る側が考える自社の事業価値や両者の要望などを聞き取りながら、条件面の折り合いをつけていきます。
売却金額の算定も同時並行です。この時、売上高、利益、借入金などに加え、数字に表れにくい「暖簾(のれん)」が占めるウエイトが大きくなってきます。暖簾と言っても老舗企業だけというわけでなく、たとえば食品メーカーであれば販路やレシピ、食品をつくる職人も立派な暖簾です。いわば企業の様々な側面を試算しながら最終的な売却金額を決定し、合意に至れば事業承継の実現となります。
──いろいろな角度からの見極めが必要ですね。
朝来 どういった流れで事業承継に至るかは、その時になってみないと分かりません。過疎地域で他に同業者がいない小規模事業者などは「赤字だけど、ウチが廃業したら周辺のお客さまに迷惑がかかる」と、やむにやまれず事業を続けているケースもあります。このような場合だと、たとえば承継する企業が顧客だけを引き継ぐというケースもあります。廃業してしまえばすべてがゼロとなり、何も残りませんが、たとえ赤字だったとしても引き継げるものがあれば事業承継をする価値はあります。廃業をお考えの経営者を説得するのも、私たちの大きな役割の一つです。いわゆる「M&A」というとネガティブなイメージを持たれる方も多いですが、これまで大切に取り組んできた事業を「未来に託す」ための手段と考えるといいかもしれません。
■固有の「宝物」をいかに存続させるか
──「暖簾」の承継について、もっと詳しく聞かせてください。
朝来 中小企業の場合、社長が大株主、つまりオーナーであることがほとんどで、社長自身が会社のブランドそのものとして認知されている所が多々あります。企業の技術、ノウハウ、人脈は経営者によって支えられているといっても過言ではなく、経営トップが退くことでそれら価値が下がってしまうことも珍しくありません。創業者であれば、なおさらです。その結果、「社長が変わるなら」と、従業員が退職してしまうとか、取引先が取引を解消するとか、最悪のケースも想定されます。だからこそ無形価値の承継は、慎重にスキームを組み立てなければなりません。
──長年かけて積み上げられてきたものですからね。
朝来 こういう時の対策として考えられる方策は、現在の経営者に残っていただき、存続企業と顧問契約等を結び、一定の期間で引継ぎをしっかりと行うという方法等を提案しています。ある個人食品製造事業者の承継事例では、創業者がひとりで長年つくっていた佃煮の味を再現するため、職人を通わせみっちりと技術を叩き込んでもらいました。既に承継後1年半ほど経っていますが、いまだに創業者は技術指導者という立場で引き続き顧問契約を結び、必要に応じて相談や指導を実施しております。
──引き継ぐ企業も、存続する企業も、覚悟が求められるますね。
朝来 経営者同士に親交があるからと、深く考えずに事業を承継すると失敗につながる場合もあります。「引き継がなければよかった」と言われることだけは避けたいですし、支援センターとしては、ありとあらゆるリスクを洗い出し、お互いに納得のうえ了承していただく必要があります。
──事業承継に積極的な業界もあるのですか。
朝来 最近は人手不足の影響から、建設業や製造業が求人を出してもなかなか人材が集まらないため、そのまま従業員を引き継げる事業承継に大きな魅力を感じる傾向にあります。許認可免許等についても、存続企業がスムーズに事業承継ができるような法改正も進んでいます。