実は「ベンチャー企業」という言葉は、和製英語。Venture=冒険だから、冒険的な企業をベンチャー企業といい始めたのだろう。米国でVenture companyというと、投資をする企業をイメージさせる。だから、アメリカ人にVenture companyというと「ベンチャーキャピタル」と誤解されてしまう。
さらに日本で「スタートアップ企業」というと、起業して数年未満の小さな企業を指すことが多い。しかし、米国でStartup companyとは、「イノベーションを通じて人々の生活や社会を変えるために、急速に大きく成長することをデザインされた企業」を指す。ビッグビジネスを狙っている、もしくは成長途上の企業で、日本のように零細なスモール企業を指してはいないのだ。そして、株式公開、株式譲渡、会社の買収(MBO:マネジメント・バイアウト)などを達成して、Startup companyをイグジット(Exit=卒業)する。だから、Facebookもつい先頃までStartup companyと呼ばれていたし、世界中で民泊ブームを巻き起こしているAirbnb(エアービーアンドビー:通称エアビー)などを、未だStartup companyと呼ぶ人もいるかも知れない。
「未来を深読む」という本連載で取り上げた企業の多くは、すでに「スタートアップ企業」をイグジットした企業。世界経済や人々の暮らしや価値を変えた世界的に展開する企業だ。これらの企業は、変わり者の経営者のアイデアでいきあたりばったりにビジネスを展開しているようにさえ見える。スタートアップ企業の経営者には、走行中のタクシーから飛び降りてUberを起業したり、「性格がサイテーだ」と恋人に振られたことがきっかけでFacebookを立ち上げたような、借りたビデオテームを返しそびれて「Netflix」を立ち上げたような奇人変人も多い。しかし、そんなスタートアップ企業でも、本連載で取り上げた企業はいずれも世界レベルでイノベーションを現実のものにしている。
一方、日本でベンチャー企業というと、リスクまみれな企業に感じられる。「ベンチャー」という言葉が災いしているようにさえ感じる。日本の産業を底支えするよう保守的に教育された善良な市民や教師や学生たちが、そんなリスクまみれに感じる企業に投資したり、就職を望むわけがない。2017年のベンチャー投資額は、米国9兆5336億円、中国3兆3630億円、欧州が8140億円、日本は1976億円と米国のわずか2%にとどまるのだとか。(ベンチャー白書2018)この差はあまりに大きい。
実は、急成長を遂げたスタートアップ企業には、飛躍的なアイデアだけではなく、リスクマネージメントを含めて推敲された成長戦略があり、たった一人の経営者だけではなく、経験豊かなメンターや投資家がその経営展開の判断や資金を支えている。この「成長戦略」が米国でいうStartup companyそのものである。しっかりした成長戦略がなければ、資金を集めることが出来ず、面白いアイデアも形にできない。だから、ベンチャー=冒険だけではだめなのだ。
2017年に経済産業省と特許庁は、有識者らを集め「産業競争力とデザインを考える会」を発足し「デザイン経営宣言」を公表している。しかし一般的には、Appleの故スティーブ・ジョブズ氏が、デザイン思考(デザインシンキング)としてデザインマネジメントに拘って、デザインに優れたiPhoneなどで世界市場にインパクトを与えたことから「表面的なデザインに重きを置く経営が重要だ」と勘違いをされている。ここにも言葉の捉え間違いがある。
本来のデザイン思考とは、問題の解決プロセスとしてデザイナーが採る思考方法や解決方法であって、表層的なデザインを指しているわけではない。デザイナーは職能的に、常にいろいろな矛盾の中で最善の結果を求められている。そのため、明確なゴールのイメージとそのゴールに至るための綿密な計画や上手く行かない場合の戦略を立てているのだ。
一例をとると、Appleのブレーク・スルーはiPhoneの発売にあったが、実はiPodが起点になっている。
iPodは、Sonyのウオークマンをなぞったプロダクトで、CDなどの音源をすべてポケットに入れて持ち出すことが出来る。そこで、スティーブ・ジョブズ氏は「インターネットや音楽やコンピューターをポケットに入れて持ち歩ける電話機」という着想を得たし、iPodの普及をiPhoneのマーケティング戦略の足がかりに出来たのだろう。
このポケットに入れて持ち歩けるコンピューターという着想をいかに具現化して、世界に広め、進化させ、ますます普及させるのかがデザイン(計画)である。ゴールは、「ポケットに入れて持ち歩けるコンピューターで時代にイノベーションを起こす」ことだ。
本連載で取り上げた「スタートアップ企業」では、このゴールとゴールに至るプロセスが緻密に想定されているわけだ。記事を読み返してみると、Facebookなどのようにトライアンドエラーを繰り返しながら成長したり、SpaceXのようにテクノロジーの進化もその成長計画に織り込まれている。
そんな企業のおかげで、出張に出向くときも飛行機やホテルを予約した書類や地図をプリントアウトする必要もなく、旅先の情報ガイドや営業用の重いカタログなどを鞄に一杯に詰め込む必要もない。SNSのおかげで、気に入った人とのコミュニケーションは電波さえ届けば途切れることがなく、遠くに住む家族ともいつでもビデオ電話ができる。知らない言葉や、興味のあること、今夜のレストランまでスマホで調べられる。そして、AIアシスタントから居場所や趣味趣向やタスクをスケジュールに合わせてレコメンドし必要なら予約してもらえる時代が来る。そして、あらゆる外国語の会話もAIがアシストしてくれようになる。今では、Beyond Meatのようなミートテック企業だけではなく、多くのスタートアップ企業が、地球の人口爆発や温暖化対策にも果敢に挑戦している。
投資家でなくても、起業家じゃなくても、そんなスタートアップ企業に学ぶことは本当に多い。スティーブ・ジョブズ氏が「”Think different”(シンク・ディファレント)」というキャンペーンを展開したように、常識に囚われず、むしろ常識を疑い常識を打ち破って時代を深読みして、自らの人生や仕事や未来をデザイン思考で自由自在に組み立てて欲しい。そんな時代が目前に来ているのだから。
■毎月更新されたこの連載は、今後時代がどう変化するのか、最先端の動向や技術を基盤に深く読み解ければと思って書きました。連載に取り上げた経営者や企業の歴史を、これからの企業や人の発展に活かすことができれば幸いです。。
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