南アフリカで生まれ育ち、10歳からプログラミングを独学。12歳で最初の商業ソフトウェアを販売し、高エネルギー物理学を学ぶため入学したスタンフォード大学の大学院を2日で辞めて弟と起業したという、あまりにも有名な発明家で企業家のイーロン・マスク。
彼は、仲間と立ち上げた電子決済サービスPayPalを売却した資産と途方も無いアイデアで、ある目標に向けて次々と起業を始めた。
先ずは、SpaceXを起業し、垂直離着陸ができて再利用可能なロケットを研究開発。そして、Tesla Motorsという電気自動車会社と、太陽電池で巨大な発電を可能にしたSolar Cityなどを起業させた。この2社によって自動運転自動車の先駆けとなった電気自動車の量産を実現。全米に充電インフラを構築して長距離の移動も可能にした。
さらにThe Boring Companyというトンネル掘削会社で大都市の地下にハイパーループと呼ぶトンネルを作り、新たな高速交通手段を構築しようとしている。そして、その際に掘り出した土でブロックを造るシステムを開発し自社ビルを建てると豪語している。さらには、無数の衛星を打ち上げて超高速インターネット網を整備しようと計画している。
イーロン・マスクのずば抜けている点は、着想と実現力。そのアイデアはどれも、一般常識では到底実現できないことばかりなのだ。彼が実現に向けて動き出さない限り、どれも小学生が思いつきそうな荒唐無稽なアイデアというしかない。しかし、どれほど難題が山積していても、どれだけ失敗しても、そのアイデアを次々に成功させている。その執念とバイタリティは、類を見ない。
そんな超絶な存在感を見せつけ、アイアンマンのモデルにもなったイーロン・マスクなのだが、昨今は痛烈なパッシングを受けることも多い。パッシングを受けてしまうのは、メディア露出があまりにも多いことに起因しているかもしれない。365日ネタが尽きないといわれるほどメディアにさらされているのだから、当然毛嫌いされることも増えるのかもしれない。
しかし、自ら経営する「テスラ社が破綻した」とエイプリルフールにツイートして株価を8%下落させたり、トランプ大統領と同様にTwitterで罵り合うような喧嘩を繰り返したり、何度も離婚や美女との交際を繰り返すなど、自由奔放でやりたい放題な言動。そして、とても実現できそうにないアイデアなどに世間が付いていけない。そんな点にも、パッシングの要因はあるようだ。最近では、人とコンピュータをつなぐことを目指している新プロジェクトで脳に埋め込むマシン(Brain Machine Interface、BMI)の開発をめざすと発表して、倫理的な観点から物議を醸している。
そんなヒールな一面が露見して以来、科学で悪を倒すアイアンマンのモデルにもなったイーロン・マスクの評価が賛否両論に別れてしまった。とあるSF映画では、バクテリア型の宇宙人を地球人に移植しようとホームレスで人体実験を繰り返すマッド・サイエンティストの経営者として描かれたりもしている。
そんなかわいそうなイーロン・マスクだが、実はとても崇高な目標のもとにビジネスを展開している。
彼は、地上は人口爆発と温暖化でいずれ人類全員は住めなくなると考えている。その時の地球人の移住先として火星と火星をハブにした新しい居住圏拡大を想定している。まるでノアの方舟だ。
先ずSpaceXで、その目的を直接果たそうと移住用ロケットの研究や開発を進めている。そもそもNASAが火星の調査を取りやめたことがきっかけでSpaceXを起業し、実に多くの失敗を繰り返しながら着実に目標に近づけている。また、Tesla MotorsとSolar Cityは、排気ガスを出さない電気自動車で地球温暖化を少しでも食い止めるためと、SpaceXの巨額な開発資金を作るために経営。ハイパーループは、温度差の激しい火星での交通網を地下に作ることや、資材の乏しい火星での建築資材の生成を想定した開発なのだろう。さらに、超高速インターネット網は、地上の科学的な進化やAIの進化に貢献し、当然火星での通信インフラにもなることだろうし、脳に埋め込むマシンは厳しい環境下で人の精神状態を安定させてくれるに違いない。
SpaceXでの垂直離着陸での度重なる失敗。Teslaの自動運転機能「オートパイロット」が作動中の死亡事故や他の自動車メーカーからの圧力や妨害工作。ハイパーループ構想で高速運転に関する不可避な技術問題。そしてどんどん増えるパッシングや、批判の声を高める投資家など、タフなイーロン・マスクの目の前に渦高く積まれた難題は計り知れない。
子どもの頃はいじめられっ子で、『君の名は。』や『千と千尋』も『もののけ姫』も『新世紀エヴァンゲリオン』も大好き。新宿歌舞伎町のラーメン二郎にもひょっこり現れたという、案外茶目っ気のあるイーロン・マスクには、ぜひとも火星に到達してもらいたいものだ。
■毎月更新されるこの連載では、今後時代がどう変化するのか、最先端の動向や技術を基盤に深く読み解ければと思う。
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