インターネットの時代だからこそ

雑誌の仕事で、別府の有名な飲食店を取材した時、そのお店のご主人からこんな話を聞きました。「以前、東京の有名な雑誌に掲載された時のことです。その雑誌の小さなコーナーでウチの店を紹介してもらったんですが、誰も取材に来ませんでした。担当者が言うには『ネットで情報は拾えるから取材の必要はない。写真を入れるので、手持ちの写真を送って欲しい』とのことでした。そんなことってあるんですね」とあきれ顔でした。

僕の周辺ではこんなことはありませんが、似た話を聞いたことがあります。今の時代、ネットを検索すれば大概のことは分かります。雑誌の小さな記事の場合、こうすることで誌面を埋めることは可能です。出張費も人件費もかけずに誌面づくりができるわけで、目先のことだけ考えれば合理的な方法です。でも、こんなことをしていたら、その会社はいずれ姿を消すことになるでしょう。ご主人の話に出た雑誌社はその後方針を改め、今ではそんなことはしていないようですが…。

僕も取材に出掛ける前に、ネットで情報収集をします。でも、これは原稿を書くためではなく、インタビューの質問事項を整理するためです。今はこんなことが居ながらにしてできますが、昔は予備知識を持たないまま取材に行くことが多く、取材対象者から「そんなことも知らないで取材に来たのか!」と叱責されたこともあります。だから、未知の分野の取材は不安がいっぱいでした。「どう取材対象に向き合えばいいのだろう?」「どう表現すればいいのだろう?」。経験が浅かった若い頃、よくそんなことを悩んでいました。

しかし、こんなことを悩んでも仕方がないのです。何もしないよりはましですが、どんなに下調べをしてもちゃんとした原稿は書けるものではありません。結局、現場に行かなければ分からないし、自分で見たこと、聞いたこと、感じたことだけが一番大切な価値ある情報なのです。現場でわが身をさらしてみる。それが僕の取材の姿勢です。

現場の本当の声を知る

今回こんな話を持ち出したのは、福岡県のある機械メーカーの社長と話をしたからです。その社長は技術畑出身ではなく営業畑出身の人でした。実はその会社、飛躍的に成長した会社で、今では日本国内はもちろん、世界各国に販路を持つまでになっています。なぜ、これほどの成長を遂げることができたのか?

僕の興味はその一点です。

社長の答えの中で僕が一番興味をひかれたことは、営業マンにビデオカメラを持参させ、ユーザーとの会話をすべて録画させるという点です。なぜこのようなことをするのかというと、「ユーザーのニーズを知るため」という理由からでした。日報など営業マンから上がってくる書面ではユーザーの本当のニーズはつかめない。そこでビデオにすべて録画させ、それを社長自らが見ていると言うのです。

ビジネス成功の秘訣は、ニーズ(問題点)のキャッチとその解決にあることは誰でも知っているとおりです。そのためにマーケティングリサーチなどを行うわけですが、それでは本当のニーズはキャッチできないとその社長は考えているらしく、自分の目と耳でユーザーの声をキャッチし、分析し、問題解決を図り、その結果を製品に反映していると言うのです。その会社の製品は「ある特定の一人のユーザーのためだけにつくっています」と社長は断言します。

すべての答えは現場にある。まったくその通りだと思います。僕は雑誌の仕事だけではなく、広告の仕事でも現場に出掛けます。一人のユーザーとして利用してみなければ、対象である商品の魅力は分からないものです。商品が高額であったり、もろもろの事情でそうできない場合もありますが、できる限り現場に行くようにしています。そこで得るものはとてつもなく大きいからです。

profile



一丸幹雄 
(いちまる・みきお)

昭和30年、大分県杵築市生まれ。

日本大学法学部新聞学科卒業。㈱宣伝会議「コピーライター養成講座」一般コース・専門コース修了後、東京の広告制作会社に勤務。昭和56年にUターン後、大分市の広告代理店、制作会社に勤務。県内各企業の広告や行政の広報、雑誌の取材・執筆を手がける。 現在、フリーランスとして活動中。