■問い
テクノロジーがもたらす破壊的な変革は、IT業界のみしか影響はないのか?

■答え
もちろん「No」です。ありとあらゆる業界に対して、ビジネスモデルの変化と抜本的な構造変化をもたらす可能性があります。これらの現象は近年、「デジタル・ディスラプション」として認識されるようになっています。

■解説
昨今の急激な経済状況の変化とICTの発展において、全ての業界に対してデジタル・ディスラプションが進行しています。これはテクノロジーや異なるビジネスモデルを用いて業界に破壊的な変革をもたらし、産業の突然死を進行させる現象です。
例えば、Uber、Airbnb、FinTech企業の到来は、既存企業のビジネスモデル、事業構造、業界秩序をゼロベースで破壊しています。その結果、タクシーやホテル、旅館業、そし金融機関など、規制に守られていない国や地域では日本と違って産業の突然死が進行しています。
2015年12月米サンフランシスコ市で最大のタクシー会社であるイエローカブは、Uberによって破産に追い込まれました。ホテル業界では、マリオットグループが110万室、ヒルトングループが77万室を確保するなか、Airbnbはわずか数年で230万室の宿泊を世界中に確保しています。
事業を提供している側からするとこれらは脅威ですが、一方で受益者からしてみると、すべてにおいて費用が安価になり、サービスが向上することを意味します。
例えば農協、銀行、保険、メディア、ITゼネコン、不動産、業界団体、政府などは、これまでサービスを提供する側が主体で価格やサービス内容を決めており、受益者は受け身で選択するのみでした。しかし、今後は自ら指名して選択し、提供者に秩序(discipline)を与えることが可能になってきます。

デジタル・ディスラプションは、情報格差で支配されていた民衆に対し、あたかも主導権を与えるような革命ともいえます。
連日問題視されている農業も、肥料、種子、農薬、農機などの購入に際し、農家が提供会社から過剰な搾取をされている可能性を浮き彫りにします。
医療機器で使用されるコンピューター設備も、安価で常に最新のソフトを利用できる時代にも関わらず、5年程度のリース契約を組むといった未だに10数年前の発想で高い設備投資を強いられることが主流になっていることがわかります。
数千万円の金融資産運用をするサービスも、これまで金融機関の選任アドバイザーに高いフィーを提供したものが、今ではロボットアドバイザーに変わりつつあります。

このように、直接依頼すれば安価に受けられるサービスにも関わらず、その情報を知っているか知らないかで金額が左右される時代です。
注目すべきは、この破壊が起こる業界は、その規模が大きいほど今後加速する可能性があることです。例えば、国内の小売業は135兆円、金融証券保険業は118兆円、医療福祉は92兆円、自動車関連は63兆円、物流は24兆円、コンテンツ産業は11兆円、農業は4兆円ですが、新しいテクノロジーの導入によって人手やこれまでのルールが変わってくるのですから、業界規模が大きいほどディスラプトされる影響が大きくなってくるのです。
オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授によれば、電話営業員、手縫い裁縫師、不動産ブローカー、税務申告作成員、経理担当、データ入力者、保険の審査員、ローンの審査員、銀行窓口、タクシー運転手、法律事務所の事務員や秘書、レジ係り、クレジットカードの審査員、小売り営業員、医療事務、モデル、等々の50%以上の職が、いずれAIに置き換わると話しています。
さらにその領域は、これまでクリエイティブが必要だった領域にも進出しています。AlphGoは囲碁棋士として人間のプロ棋士に勝利しています。全米ランキングの楽曲の2%から3%はAIが作曲しています。星新一賞の一次審査を、AIで書かれた小説が通過しました。さらには血液や画像から癌を派遣するテクノロジーや、オーダーメイド創薬のロボティックス化も実現しています。

このようにデジタル・ディスラプションは、単なる低価格化やデジタル化だけではなく、ビジネスの一連の流れであるバリューチェーンや、従来の商習慣の慣例の非効率な部分を全て破壊する特徴があります。
従って、従来エスタブリッシュメントとして君臨していた業界、硬直したビジネスモデルで収益をあげていた業界、イノベーションがなかなか起きなかった業界、硬直した業界秩序と業界構造を持っている企業、高コストで売り手の理論で通っていたビジネス、法規制に守られた産業、古い商習慣を続けている業界等々は「デジタル・ディスラプター」に破壊される可能性が十分にあるのです。
行政の世界でいえば、国内では国家公務員64万人、地方公務員275万人がいます。普通に考えただけでも政府の電子化、自動化が進むと、この人数が必要ではないことが分かります。
また、国内には法人企業が400万社ありますが、企業の形態をとらずに個人間のつながりでネットワーク組織を形成した組織が、大企業の仕事をディスラプトすることも可能でます。実際、多くの仕事はクラウドソーシングとクラウドコンピューティングを駆使すれば、資本の大小に関係なくビジネスを実現できます。国内で6,500万人とされる労働者も、AIやロボットがビジネス領域に進出することで50%以上が職を失うかもしれないのです。

では、このような時代に、どういった手を打つべきでしょう。
基本的にデジタル・ディスラプターは、いつどこからどのようにやって来るかはわかりません。そこで経営者としては、自社の業界もその可能性があることを、まずは理解するとよいでしょう。そこから少し視野を広げて、デジタル・ディスラプションがどのように進んでいるか、アンテナを高くしておくことです。
それらを踏まえて、AIやロボットでは代替できないスキルを磨くことが必要です。相手を慮る心や感性などは、まだまだコンピューターが実現するには時間がかかると予測されています。AIやロボットを敵視するのではなく、積極的に使いこなせるようになるのも一手です。そうすることで、人間とデジタルの橋渡しとしての役割も果たせます。

高コスト、非効率な分野や商習慣があれば、それは事業機会の発見につながります。従来の常識にとらわれず、柔軟な発想をすることも大切です。
自分が保守的だと思われている方は、来るべきデジタル・ディスラプションに備えて、定期的にこの手の話や話題に注目して、常に情報感度を高めておきましょう。

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
株式会社エクステンド 取締役
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
【関連URL】
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp