※メイン写真は由布岳を背に、金鱗湖へ注ぐ川沿いに建つ榎屋旅館
「住んで良し、訪れて良し」で
サステナブルな地域循環型経済を
※モダンなデザインで統一された客室ではペットも一緒に泊まれます
コロナ禍が落ち着き、由布院観光に活気が戻ってきました。観光客で賑わう湯の坪街道の中ほどにある三叉路から小径に入り、小川に架かる橋の手前に見えてくるモダンな宿が、榎屋旅館です。2023年春に全面リニューアルしたばかりの建物は、木製の黒い羽板(ルーパー)の壁面が周囲の景観とマッチし、先進的なデザインにも関わらず、どこか親しみやすさも感じます。
もともと榎屋旅館は、由布院では珍しい“ペットと泊まれる宿”として全国の愛犬家に人気の宿でした。しかし元オーナーでみらいしんきん同友会会員でもあった堀浩二氏は、高齢化に伴う後継者を探し、大分みらい信用金庫に相談。同じ町内で宿を営む有限会社草庵秋桜の太田慎太郎代表取締役社長が名乗りをあげ、M&Aによる事業承継が成立しました。
※2021年10月に行われた榎屋旅館のM&A調印式
太田社長は、次のように話します。
「町内には歴史のある小規模旅館が多数存在していますが、その経営環境は年々厳しくなっており、県外大手や外資による買収の対象にもなっています。契約当時はコロナ禍で厳しい時期でしたが、共に育んできた由布院観光の文化を守りたいとの思いで事業を引き継ぐことを決断しました」
劇的に生まれ変わった榎屋旅館は、ペットと泊まれる宿のスタイルはそのまま残し、DX導入による先進的サービスから、長期滞在やインバウンド客に至るまで、接遇対応も万全です。
その一方で、太田社長は草庵秋桜でも経営手腕を発揮しています。2017年のリニューアルでは、JR九州の観光列車の工業デザイナーで知られる水戸岡鋭治氏を起用し、注目を集めました。
「熊本・大分地震で当宿も被災した時、かねてから縁のあった水戸岡先生から改装を申し出てくださいました。旅館を手がけるのは初めてだったそうですが、おかげで立派な設えの宿になりました」
また、宿泊業を営む経営者にとって大きな悩みのひとつである人材戦略にも、余念がありません。
「実はコロナ禍の期間中に、ひとりも解雇することなく、逆に新しい人材も雇用しました。苦しい時期でしたが、いずれ苦難の時期は終わると信じ、この期間に人材育成や労働環境の改善に努め、宿全体のモチベーションを落とさないようにしました」
観光需要が急回復してきた現在、この経営判断は間違っていなかったようです。
「由布院は小さな町なので地域リーダーが育ちにくい環境ですが、それでもトライ&エラーでチャレンジを繰り返すコアメンバーの結束力を頼もしく感じています。メンバーには地元出身者だけでなく移住者もいるので、多種多様な考え方を取り入れたサステナブルな地域循環型経済を作っていけそうです。そこから先人たちが掲げていた『住んで良し、訪れて良し』のまちづくりに繋げていきたいですね」
由布院温泉観光協会長でもある太田社長の力強い言葉に、“湯布院流ホスピタリティ”の底力を感じました。