大好きだったMさんのこと
僕がコピーライターの養成講座に通っていたのは1980年(昭和55年)~1981年です。コピーライターという仕事は、それまであまり一般に知られることがなかったのですが、有名なIさんやNさんの活躍で、ブームになるほど人気の職業になっていきました。
僕が通っていた講座は、先着順で入ることができる一般コースと、選抜試験がある専門コースがあり、未来のコピーライターを目指す人々の熱気が教室に立ち込めていました。特に、大学のゼミのような専門コースは少人数であったため、受講生たちは自然と仲良くなり、講座が終わると毎回のように連れ立って酒場に出掛けていました。
酒場で交わされる会話は、当然のことながら広告の話が中心。「オレは○○のコピーが好きだ」なんていうミーハーな話もよくしていました。そのなかには前述のNさんやIさんの名前も出てくるのですが、僕はMさんというコピーライターが好きでした。
Mさんは『でっかいどお。北海道。』『おぉきぃなぁワッ。』という全日空のコピーで有名な人で、駄洒落タイプのコピーが多かったことから、友人たちの評価は冷ややかなものでした(Mさん自身はダジャレではなくオシャレと言っていました)。でも、僕はこれらも含めてMさんのコピーが大好きでした。なかでも『カンビールの空カンと破れた恋は、お近くの屑カゴへ。』というサントリーの缶ビールのコピーにはショックを受けました。
今、このコピーを読んでも、ほとんどの人は何も感じないと思いますが、このコピーは日本人のビールに対する態度を一変させた、と言っても過言ではないと思います。それまでビールといえばびんビールが主流で、缶ビールはあまり飲まれませんでした。それがこのコピーをきっかけに、当時の若者を中心とする層が一気にびんビールから缶ビールにシフトチェンジを始めたのです。缶ビールはびんビールよりも早く冷えるし、飲み終わったら空き缶をポイッと屑カゴへ捨てればいい。今では常識的なことですが、このことをオシャレに提唱したことで、当時、業界最下位のメーカーは一躍、若い男性や女性に支持されるようになっていき、家庭で飲むビールといえば、缶ビールというライフスタイルが定着していったのです。
コピーリトマス試験紙
前フリが長くなりましたが、そのMさんがあるとき、業界誌で「コピーリトマス試験」という文章を発表しました。この試験をすれば、キャッチコピーの善し悪しがリトマス試験紙のように一目瞭然だと言うのです。
どんな試験かと言うと、キャッチの中のキーワードを男性しか持っていない肉体のある部分「□□□」や女性しか持っていない「○○○」というNGワードに置き換えて、笑えるかどうかを試してみるという方法です。「これで笑えれば、そのコピーは良いコピーだ」とMさんは言っています。
ここで、実際に試してみましょう。一昨年、僕が好きな広告として取り上げた『このろくでもない、すばらしき世界』というキャッチを例にするなら、キーワードは「世界」です。つまり『このろくでもない、すばらしき□□□』と読み替えてみるのです。ねっ、笑えるでしょ。『でっかいどお。□□□。』も爆笑モノです。以前取り上げた『hungry?』や『おぉきぃなぁワッ。』はキーワードが直接出てきませんが、これも『(□□□は)hungry?』とか『おぉきぃなぁワッ。(□□□!)』と読むと笑いがこみ上げてきます。コピーは、見る人の潜在的な欲望に訴えるものなので、Mさんが考案したこの試験は的を射たものなのかもしれません。
今回のコラムは下ネタになってしまいました。お嫌いな人には大変申し訳ないのですが、お好きな人は酒場での知的(?)なネタとしてご利用ください。