[第64回 M&A成功への道 その2:業務提携と資本提携]
【問い】
新規事業の手段としてM&Aを考える企業が増えていますが、成功事例が少ないようです。では、提携や出資を活用するとどうなるでしょうか?
【方向性】
M&Aは出資比率を1/3よりも多く、できれば100%取得を目指しましょう。M&Aは失敗のリスクも大きく、譲り受け側はコントロールされたくないものです。資金ニーズと、自社に不足するシナジーの補完を行いたいというニーズには適していないのです。そこで提携や資本提携というオプションも検討してみましょう。
【解説】
■前回の復習
例えば売上70億円で、数年後に100億円の目標を掲げた企業があるとします。
既存事業は複数あって70億円の売上を達成していますが、稼ぎ頭の事業は既に成熟期を迎えています。ここから事業を継続させるのは、難しい局面に直面しているとします。
ここで不足する売上をM&Aで賄おうとしても、結論から言えば、そのような案件が売りに出ることは極めて稀です。
仮に買収することが出来たとしても、その事業をマネジメントすることが難しく、買収した時の企業価値が最高値となり、そこから減損する結果になってしまうものです。
仮に新規事業領域でM&Aできたとしても、その事業をマネジメントできる人材が不足し、実際の事業シナジーを生み出すこともできずに終わってしまうでしょう。
企業はミッション実現のために成長し、あきらめた企業は衰退していきます。
しかし常に新規事業を自助努力だけで行う「ゼロイチ」だけでは難しいため、外部リソースを取り入れるM&Aも必要です。既存事業の売上を増やす目的であればシナジー効果を読みやすいのですが、新規事業となると困難を伴うものです。
そこで企業は「成長の方向性」を議論します。現状の姿と在りたい姿のギャップを確認し、不足する経営資源を分析するのです。時間か、ノウハウか、経験か、販路か、何らかの技術か…。そのギャップを徹底的に可視化し、具体化することが重要なのです。ゼロイチか、M&Aかなどはギャップを埋める手段に過ぎないのです。
しかし、この目的が不明確な企業が多く、他の事業の選択肢を議論するための視野も狭いのです。
■業務提携
在りたい姿と、現状のギャップが整理できれば、その埋め方が論点になってきます。
方向性は自社でやるか、他社の協力を仰ぐか、です。
そして3つ目の選択肢が、業務提携や資本提携になります。
業務提携は、企業同士が業務内容について提携することを指します。生産提携、技術提携、共同開発、販売提携などにより、2社以上の企業が契約によって対象業務で協力しあうのです。
生産提携は、従来製造したことが無い製品を工場や機械投資、そしてノウハウを蓄積することなく、既に製造が可能な企業と提携して製造することが可能になります。
技術提携は、特許や知財の利用を互いに許諾してクロスライセンスを結び、他のノウハウなどを互いに提供します。通常、特許で公開した技術以外は、企業機密で内容が企業の外に出ることはありません。そのようなノウハウを互いに利用できるようにするのです。
共同開発は、技術や人材を互いに提供し合い、何らかの研究を共同で行います。研究は足が長い作業で、時間や資本をかけたところで必ず商品化されるものではありません。そのため2社以上が集まって協力することで、開発のスピードを高め、リスク分散が可能になるのです。
販売提携は、提携する企業が互いに販売ルートを共有し、販路を拡大していきます。販路は過去の営業活動の蓄積と信用であり、新規に販売ルートを開発して新たな商品を提案するよりもコスト(お金、時間、苦労等)を下げることが可能です。
以上、自社の不足するギャップが明確な場合、企業と提携して実現できないかを考えましょう。提携は互いに組むことでスケールメリットやシナジー効果が生み出せるので、検討しない手はないオプションとなります。
■資本提携
業務提携は事業の一部を共同で行いますが、利益配分の仕方については明確に事細かく約束しないと紛争になる可能性もあります。情報や技術を一部共有して取り組むため、両社の関係が良好であることが前提ですが、関係が悪化した場合、既に共有された情報や技術は元に戻せません。
そこで業務提携より強固な関係を構築する方法が資本提携です。
資本提携は2社以上の企業が互いに業務面や資金面で協力し、提携関係を構築します。一方の企業が提携先の企業の株式を取得する、あるいはそれぞれの企業が株式を持ち寄り提携関係を構築するのです。
新規事業を開発したい大企業は業歴が長く、一般的な信用はベンチャーよりはるかに強いのが通常です。また販路や販売後のフォロー体制など、歴史とともに形成される資産を多数保有しています。
一方、ベンチャー企業や中小企業は、何らかの技術開発や新商品を有していたとしても、販売力や製造力、場合によっては販売後のフォロー体制が脆弱な場合があるなど大企業と大きく異なります。
何らかの経営に問題を抱える企業にとっては、資本提携の形式で出資を受けることで与信が高まり、自社のボトルネックを解消することにつながる場合もあります。
資本提携は、ある企業が他の企業に出資すること、あるいは互いに出資しあうことで、両者の独立性は保たれます。
具体的には資本を受け入れる側の企業が、資本を出す側の企業に対して第三者割当による新株発行などを行い、一定数の株式を与えます。
新株発行によって一方が他方の株式の1/3を超える株式を取得すると、株主総会の特別決議により拒否権が生まれます。この場合、買収によって「子会社化」されたのと変わらないため、業務資本提携の場合は、双方の独立性を保つために株式比率を1/3未満に設定するのです。
■資本提携のメリット
資本提携の目的は、双方の企業の支援にあります。
互いに強固な関係を結びながら販路拡大や製造、場合によっては商品開発などを進めることができます。出資する側は自社にないノウハウを獲得し、実際に新規事業に結び付けることができるかといった具合に「小さな実験」ができるのです。
仮に、M&Aで一気に買収した場合は、経営権は獲得できますが、買収前の調査で検討した以上に事業統合が上手くいかない、実際に想定した新規事業のシナジーが得られない場合もあります。
一方、資本提携の場合は1/3以下の株式取得で進めるため、M&Aと比較すると出資金は少なく、実務を通じてシナジーを確認することが可能です。大型の案件を進めるには不安ですが、強い関係を構築したい場合は、最良の選択肢となるのでしょう。
さらに資本提携を進めながら、実際にシナジーを出す過程で、よりその事業に対しての資金需要が高まった場合、交渉をしながら優先的に追加出資をするなど、徐々に出資割合を高めて子会社にしていくことも可能です。
なによりM&Aの場合は、買収前調査はあくまで紙ベースの判断になりますが、少額でも出資して人材を派遣するなどして業務を取り組むことで、半年から1年かけて出資先の企業の状況を実業務ベースで入念に調査することもできるというわけです。
■まとめ
新規事業を始める際のオプションとして、「ゼロイチ」と「M&A」に加えて、「提携」や「資本提携」を同時に検討することは大切です。
一方で、事業会社の多くは資本政策に関連する業務は少なく、経験も乏しいものです。経営者には、積極的にアドバイザーや経験者を雇用し、自社の新規事業開発にも幅広い視点でのぞんでいく覚悟が求められます。
次回の最終稿は「投資契約」について解説します。