[第61回 「PBR 1倍割れ」の行方]
【問い】
日経平均株価が空前の高値を続けています。その一方で東京証券取引所は2023年3月、上場企業に対して「PBR1倍割れ」の改善要請を出しました。これは何を意味するものなのですか。日本企業で上場している企業は今後、どのようなことを行えば良いのでしょうか。そして市場の株高は今後も継続するのですか。
【方向性】
PBR(Price Book-value Ratio)とは「株価純資産倍率」と訳され、株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているかを見る投資尺度です。上場企業が「PBR 1倍割れ」の状態は、端的に言えば「今すぐ会社を畳んで、手持ちの資産を全部売却して、お金に換えたほうが良い」と判断される状況です。しかし日本経済新聞が2024年2月12日時点のデータを集計したところ、東証プライム上場企業の43%でPBRが1倍を下回っているのが、今の日本の現状です。東京証券取引所がPBRの低迷する上場企業に対して改善策を開示実行する要請は、経営者に対して当たり前の行動を促すことになります。それは王道である「利益率の改善」と「キャッシュを生み出す事業に投資」することなのです。
【解説】
■「PBR1倍割れ」が意味するもの
国内株式市場がバブル崩壊後33年ぶりに高値をつけています。
その背景の1つにPBRの指標改善を目指す企業や東京証券取引所の試みに関する記事が多く見られます。ざっくり言うと、従来の日本企業は「財務の安全性」ばかり注力しており、「利益を生み出す体質を作り出せずにいた」ということになります。
PBR=「株価純資産倍率」は、企業が保有する資産の価値と現在の株価を比較した指標です。PBRが高いと資産を有効活用していることになります。これは買い手から考えると割高で、逆にPBRが低いと資産の活用をしていないと判断でき、買い手からみると割安に見えるのです。
多くの投資家は様々な株価指標を分析し、株式の売買を繰り返し、利ザヤを稼ぎます。もちろん長期的にその企業を信頼してリターンを得る発想もありますが、PBRが1を割る時点で長期的な可能性は薄いと判断されます。
PBRの指標は1倍が下限です。当然、地銀などのように構造的に成長が期待しにくい業種で、PBRが1倍を常に割り続けている業界もあります。ただし、本来この手の事業モデルの企業は、そもそも上場が向いていない業種ともいえます。
PBRを数式で表すと、以下のようになります。
PBR = 株価 ÷ 1株純資産 = 時価総額 ÷ 純資産
PBRは1倍だから良い、10倍だから良いという指標ではありません。しかし上場企業であれば1倍よりも低いというのは致命的です。
PBR1倍割れの理由は、数式から考えて2つの理由が考えられます。株価が低い場合か、純資産が多い場合です。
株価は、将来稼ぎ出すキャッシュフローの現在価値の合計で計算することができます。そのため、株価が低い企業は長期的にキャッシュフローを生み出す力が弱い、つまり利益を出せていないと解釈できるのです。
一方、純資産が多い企業は、財務の安全面では安心材料となります。リーマンショックや一連のコロナ禍など、世の中の状況が不安定な場合でも、企業は体力が担保され持続できる余地があるからです。
しかし上場企業の真骨頂は過去の資産で長く食つなぐことではなく、その資産を将来に投資して、更に高いリターンを継続的に上げ続ける行動にあります。
ここまで読むとPBR1倍割れの企業は、純資産の規模の割に利益を出せていない企業ということがわかります。たとえ資産が厚くても、それに準じた利益を出せばPBRは1を超えるからです。つまり企業目線では、PBRが1を割ることは何ら悪くないのです。
しかし投資家目線で見た場合は異なります。投資した企業が投資額に見合わず、利益率の低い状態が続いていると、投資家からすると「資金の使い道が無いのであれば、株価に還元しなさい」となります。この会社にキャッシュを眠らせておくよりも、別の可能性がある企業に再投資した方がよりキャッシュを得ることができると考えるからです。
そのため上場企業がPBR1割れの状態は、冒頭でも申し上げたとおり「今すぐ会社を畳んで、手持ちの資産を全部売却し、お金に換えたほうが良い」と判断されるのです。
■PBR 1倍を割る企業
昨年6月、PBRが1を大きく割っている某企業に対し、投資会社は「10年後、20年後のあるべき姿、業界のあるべき姿をきっちり議論できる社外取締役を入れるべきだ」と、社外取締役選任議案を提出しました。この議論は至ってシンプルで、企業そのものが解散価値に等しいから経営能力に疑問符を示しているだけなのです。
また、昨年4月に別の大手企業は「PBR1倍超を経営目標に掲げ、成長分野への投資を積極化させる」と発表しました。従来から「万年割安株」とされている企業です。これはある意味、衝撃でした。上場企業の目標としてPBR1倍割れは有り得なく、1倍を超えることは当たり前なのです。むしろ純資産が多いことよりも、将来の利益が望まれずに株価が下がっていると判断され、市場からは全く期待されていなかったことになります。
仮に、経営陣がP/L(損益計算書)しか注視していないのであれば、PBRの分母である「活用していない資産」を理解していないことになります。
企業として不安定な状況を見据え、資産を蓄えることは大切です。しかし長期的にキャッシュを生む兆しがないのであれば、外部投資家を締め出し、頼らない資本政策を進めればいいのです。
これは「良い」「悪い」の話ではなく「意思決定」の問題であり、単に上場を廃止すればいいのです。
上場はゴールや目的ではありません。単なる資本政策の一手であり、資金調達のための選択肢に過ぎないのですから。
■王道は利益率と利益
企業の純資産は、端的に言えば現在の清算価値に相当します。仮にこの瞬間に事業をとじた場合、いくらキャッシュが残るかを示す金額です。
株主目線では、企業が事業を畳んだ場合に、どの程度の純資産相当を受け取る権利があるかを把握することができます。
仮に純資産が10億あるのに、時価総額が5億であれば、今すぐ事業を清算すると株主は10億受け取ることが可能です。つまりPBR0.5倍は、その株式の価値がバーゲンセールの50%という状況を意味するのです。
欧米では上場会社の10〜20%がPBR1倍割れですが、これが43%という日本市場は明らかに異常です。
昨年、東証がPBR低迷企業に対して改善策を開示実行するようにした要請は、とりあえずはプラスに働いています。なにしろそれまでは半数以上の上場企業がPBR1倍割れだったのですから。
これは日本企業が利益をより意識した経営に傾いたことを表しています。海外投資家の目線も日本株に興味を示し、少なからず現在の株高要因につながっているという側面も観察できます。
ただし本来は、利益率と利益額そのものを増やさなければ意味がありません。
多くの伝統的な上場企業は、手っ取り早く自社株買いを行い。小手先のテクニックでその場をしのぐ行動をしていました。しかし自社株買いは1度やってしまえばそれ以降の効果は無く、本質的にPBR倍率を高めるためには株価を上げるしかありません。
そのための王道は、キャッシュをより効率的に叩き出すことなのです。
つまり、事業で得た利益を成長分野に投資し、収益力を高めるべきです。
既存の事業を極めるも良し、DX等の研究と実現を進めるも良し、生産性を圧倒的に高め利益率を改善するも良し。これらを続けていけば、従来のようにキャッシュを貯め込む経営は見捨てられます。
PBR1倍は当然であり、2倍、3倍と目指すことが求められ、これができなければ上場を辞めるべきなのです。