職人技を支える道具から伝わってくる“誇り”と“信念”
別府市亀川の県道642号線沿いに位置する別府競輪場の前を通ると、今では珍しい手書きで大型看板に文字を描く二人の職人の姿を見かける日があります。
全長14mほどの巨大な外壁のイラスト部分はインクジェット出力ですが、文字はすべて手書きです。卓越した筆さばきで一文字ずつ丁寧に書き上げていく様は圧巻であり、その様子を見るのを楽しみにしている人もいるそうです。既成のフォントにはない、温かみのあるアナログ的手法で書かれた看板文字からは、職人の想いが伝わってきます。
「大分県内で手書きで文字を書く職人は、ほとんどいないと聞いています。それこそ書道家くらいでしょうか(笑)」
こう話すのは、1966年の創業以来、別府競輪の大型看板を手がける福田看板店の3代目・福田義康代表。父親である先代の福田義金さんとの共同作業は週1回の頻度で繰り返され、朝9時に始まり夕方16時には作業を終わらせます。
福田義康代表は、大学を卒業後、塗料卸会社へ勤務の後、33歳で帰郷して看板職人の道を歩み始めます。もともと別府鶴見丘高校時代はラグビー部のキャプテンを務めたほどのスポーツマンであり、そのバイタリティあふれる情熱を注ぐことで看板職人としての腕を地道に磨きあげていき、2019年に福田看板店の代表を継ぎました。
大分県内各地の看板制作を手がける同社が、大型看板の手書き文字にこだわるのには理由があります。
「もちろん全てをインクジェットで仕上げる方が簡単です。それでも頑固に書き続けているのは、この技術を将来に残していきたいからです」
広告会社から依頼される看板デザインには、特殊な飾り文字や、グラデーションや複数の色使いを施した複雑で繊細な作業も多々あります。
「受注した看板でゴシック体の文字の中に、炎の模様を組み込んだデザインがあったんです。どうしたものかと頭を悩ませていたら、先代がクシャクシャに丸めた新聞紙に赤やオレンジの塗料をつけて、点描のように散らして炎のような模様を書きあげたのには驚きました」(福田義康代表)
「いろんなデザインがありますが、いかに表現方法を工夫していくかが勝負どころ。マニュアルがあるわけでもなく、すべて自己流で開発していくんですよ。それがまた楽しいし、やりがいでもあります」(先代の福田義金さん)
下書きをつくる作業台の上に置いてあった使い込んだ筆やハケが、その全てを物語っているようでした。
別府競輪場の近くを通ったときは、「これはどうやって描いたのだろう」と、思いをめぐらすのも面白いかもしれません。
■福田看板店の仕事の様子が紹介されている動画「別府競輪の男たち 番外編」
https://youtu.be/rcjxggdpB3E