[第52回 論理思考の落とし穴]
【問い】
経営者にとって、論理思考で思考の筋道を整えることは大切です。では、この思考法を続けた結果、差別化とは逆に、むしろコモディティ化を促進することにつながっています。果たしてこの議論は正しいでしょうか?
【方向性】
ある意味、正しいです。
論理思考は、一定の条件下において同じ出力があれば、思考の筋道が同じになります。従って、「成果物」としての出力も同じです。
もし全員が論理思考を身につけ、経営環境の分析を同じ情報ソースから行えば、前提条件が揃います。すると行き着く議論の結果は同じになることでしょう。そして、その議論の結果を商品化として提供すると、世の中の商品はどれも似たようなものになります。
そこに違いを出すとしたら、次は商品を顧客に届けるためのリードタイムです。しかし、ここにも論理思考で対応されると、やがて同じ仕組みが出来上がり、リードタイムそのものにも組織間の違いがなくなります。
最後はコストでしょう。が、やはりここも同じになり、いわゆるレッドオーシャンの戦いに突入するのです。
【解説】
■「論理思考」のキホン的考え方
論理思考とは、思考の展開に対して筋道を立てて、段階を経て判断する思考方法です。
ここで言う「筋道」は、思考の展開に対して「因果関係が明快」で、「合理性にあって」いる状態です。「因果関係が明快」とは互いに発生する事象に対して原因と結果の関係の疑いの余地がない状態です。
また、「合理性にあう」とは、その筋に無駄がなく、どう考えても、そのように考えることがごく自然な状態です。さらに「段階的な判断」とは、ある根拠や原因をベースに結論や結果を導き、それらをベースにして、さらに次の結論の根拠として論点を整理することです。
思考の筋を示すためには、一部にフォーカスしても完全に整理できたとは言えません。従って全体像を示すことが大切です。事象によっては階層構造が深くなる場合もあるので、結果的に一律で何かを示すことが難しくなります。そのため、段階的に判断を行うことが必然的に行われるようになります。
長々とと書きましたが、論理思考は結論に対して違和感なく根拠を示せる状態であり、一定の条件が揃えば同じような結論を導き出すことができる思考方法です。
■論理思考と企業の標準化
ビジネスにおいての論理思考について考察します。
前提が揃い、同一の入力情報に対して一定の結果や成果が出なければ、ビジネスの現場では混乱が起こるでしょう。同じような取り組みに対して、同じような成果がでることで、安定的に大量に顧客に解決策を届けることができます。不安定な状態は予想外の取り組みが必要になり、その対処に膨大なコストがかかってしまうのです。
そのため、ある程度の知識レベルの人が同じ入力をしたならば、同じような成果を出せる状態をつくることが「企業の標準化」といえます。そして、そのような仕組みを構築した企業は、安定的に効率よく大量に商品を世の中に提供することができます。
一見すると素晴らしい状態ですが、競争戦略の視点で捉えると、そうとも言えません。
企業はミッションを実現するためにビジョンを唱え、その実現のために日々戦略を立てて術をこなします。その時の経営の尺度の一つである「利益」は、売上とコストの差分です。
従って経営戦略のパラメーターは、差別化を図って高く売るか、同じような商品を誰よりも安く売るかによって実現することが可能です。
現在、多くの社会人や経営者が論理思考を身につけています。しかし、正しく論理思考を身に着け、理性的な判断をすればするほど、出てくるアウトプットが同じになるのです。
つまり、個性や違いがなくなり、ビジネスの違いが出にくくなるのです。同じ入力に対して正しい答えを出す技術が、結局はビジネスのコモディティ化を招いているのです。
確かに教育の成果としては素晴らしいです。
しかし、「個性」という点において、論理思考は反対の影響を与えることになります。
■「ニーズ」か、「ウォンツ」か
マーケティングの概念に、「ニーズ」と「ウォンツ」があります。
「ニーズ」は現状を好ましいと思わずに、「在りたい姿に向けて動きたい」状態です。
一方で、そのように思いながらも、進んでその状態を解決したいわけではありません。ニーズが満たされていないと、当然解決策があれば受け入れますが、喜んで導入する状態ではありません。
機能は最低限で良く、できるだけ解決するためのコストも抑えたいと思うのです。
「ウォンツ」は、現状を悪く思っていません。しかし「もっと良くしたい」という状態です。
悪い状況でもないのに、もっとよくしたいと思うので、解決策があれば喜んで導入するし、コストが高くても検討します。
従って、ニーズよりもウォンツに目を向けたほうが、顧客に対して付加価値の高い商品を提供しやすいのです。ところが市場の多くはニーズ的な部分で満足するため、規模を大きくすることが難しくなるというトレードオフが生じます。
経済学の考え方では、需要バランスによって商品の価値が異なります。ニーズ的な欲求が強く、解決策がなかったときは、ある程度高いコストを支払ってでも顧客はその商品を解決するために導入しました。
しかし論理思考が普及して、皆がニーズに対しての解決策を見出すようになると、その商品が一般化して量販店でも取り扱われるようになります。
結果的に価値が下がり、コモディティ化してしまうのです。
考えてみると滑稽ですね。囚人のジレンマのように必死に論理的に解を出す作業を経済活動として続けた結果、皆が同じような解決策を提示して、同じ市場の顧客にリーチするための消耗戦になってしまっているのです。
当然、ここで勝つためには商品軸そのものは同じようになってしまうので、提供するためのコストとスピードが違いを生むためのポイントになるのです。日本企業の強さを鑑みると、コストとスピードは確かに強みのひとつとして成り立っています。
■第三の選択肢「スピード」から、その先へ
80年代、ボストンコンサルティンググループは、日本の自動車産業においてコストと品質に次ぐ第三の競争コンセプトに「スピード」を定義し、タイムベース競争論を展開しています。
同じような商品がある場合、手に入れるまでのリードタイムを短縮した企業に価値がでるという概念です。また、同じ商品、提供時間であれば、当然に安く提供する企業に価値が出るのです。
整理すると、論理的な思考が蔓延することで、企業が同じインプット、つまり経営環境に対して同じような解決策を示しました。その結果、時差はあったにしろ、企業が提供した商品、解決策が同じようになりました。そこで次の競争の軸を「スピード」に求め、そして最後は「コスト」にたどり着きました。
しかし、この手法も論理的に解釈され、リバースエンジニアリングを経て、欧米の企業でも同じように導入されてしまいます。結果、全ての企業が同じような打ち手を提供するようになり、差別化そのものが無くなってしまったのです。
■打ち手としては「差別化」
ニーズ的な商品で市場が埋め尽くされた今、顧客のウォンツに目を向けて価値を提供することです。
しかし、ニーズは顧客が望む最低限の欲求なので、ある程度の属性や塊によって共通ですし、基本的な欲求なので分析そのものは苦労しません。
しかし、ウォンツの部分は、顧客によって異なります。
そのため顧客を「個の客」と捉えて正面から向き合い、「個の客」の目指したい姿に対して商品を提案することができれば、当然にその「個の客」は価値を見出すでしょう。
ところがこの作業は非常に手間がかかり、大規模に提供しようとすると、やはり論理思考と標準化の波に押し寄せられ、コモディティ化してしまいます。
従って、価値ある商品でビジネスを行う場合は、なかなか規模を大きくすることが難しいのです。