[第50回 ベンチャーキャピタルの実態

【問い】
最近テレビや紙面でも見聞きする「ベンチャーキャピタル(VC)」の実態はどのようなものなのでしょうか?

【方向性】
想像以上にハードな仕事ではありますが、社会課題をクリアするために、世の中にイノベーションを起こすエコシステム。実は、VCは単なる「マネーゲーム」ではなく、我々の社会を良くする担い手でもあるのです。

【解説】
■イノベーションを生むエコシステム
ソフトバンクグループの最高経営責任者である孫正義氏は、「世界はいつも「発明家(起業家)」と「資本家(投資家)」の2つによって進化を遂げてきた」といいます。
19世紀は蒸気機関を発明したジョームズ・ワットと投資家のロスチャイルド家がその代表です。21世紀も同様で、スティーブ・ジョブス、ビル・ゲイツ、ジョフ・ベゾスのような起業家に対してベンチャーキャピタル(以下、「VC」)のお金が投資されたことで、世界は大きく変化しました。

一方で、多くの日本人ビジネスパーソンにとって、VCは縁の無い世界です。
日本は伝統的な大企業のプレゼンスが強く、スタートアップは経済の主役になり得ていません。しかし歴史を見れば、発明家と投資家の関係が常に新たな産業を創造しているので無視できない存在になっているのです。

Googleは、米国において12番目の検索エンジンで後発組でした。初期を支援したVCが名経営者のエリック・シュミットと資本を提供して成長しています。
コロナで有名になったスタートアップであるモデルナは、ウィルスの遺伝子データを入手してからわずか2日間でワクチンの設計図を作り、42日間で臨床試験に使う1本目を完成させました。
2021年末時点で世界最大のユニコーン企業は、ショート動画SNSのテイックトック(TikTok)を運営するバイトダンスであり、直近の時価総額は39兆円。当時のトヨタが34兆円、ソニーが18兆円と聞けば、その規模がわかります。

■ベンチャーの投資ステージ
ベンチャー企業を見ると「なぜ銀行からお金を借りないのか?」と思うことでしょう。
銀行の融資はローリスク・ローリターンです。何か事業を行う際に、確実に売上が手元に入り、それでも元本や利息が返済できない際には、土地や建物を担保にお金を貸す事業が銀行です。

しかし、スタートアップの成功に保証はありません。
基本的にハイリスク・ハイリターンの事業に投資をします。
しかし、世の中に革新を与える企業は「不透明な事業」であり、そこに資金を提供するのがVCの役割になるのです。

VCが投資をする際、成長段階により異なる投資ステージがあります。
当然、創業まもない頃がハイリスクで、成長した後はスタートアップ企業でもリスクは低減します。

アイデアや事業計画をベースに、経営陣だけがいる時期が「シード期」です。
次に、プロダクトやサービス開発を行い、初期の顧客を魅了すべくテストマーケティングを繰り返す時期が「シリーズA」です。
更に、そこから急成長の道筋が見え、事業として本格的に立ち上げる時期が「シリーズB」です。
ここまでが伝統的なVCが支援するステージです。

VCにも特徴があり、「経営陣を評価する」「市場を評価する」「プロダクトやサービスそのものや、その技術力を評価する」など様々です。スタートアップが成長するフェーズでは、徐々に体制ができる「シリーズC」や「シリーズD(上場等)」などもあり、このフェーズの調達額は数百億を超える場合もあります。
また、近年のトレンドは上記のシリーズ後に「グロース投資」として、すでに成長したスタートアップに対し、更に投資して成長を盤石にする取り組みも観察されます。ソフトバンクグループの「ビジョンファンド事業」は、大きく分類するとこのグロース投資のプレーヤーになるのです。

■VCの誤解
日本国内ではVCに馴染みがない分、誤解も多いものです。
もっとも多い誤解は「品評会投資」です。
VCはスタートアップに対し、かつてあったテレビ番組「マネーの虎」で放映されたように「起業家の情熱やアイデアに投資をする」という誤解です。

しかし実態は全く異なります。
過去に成功した起業家(シリアルアントレプレナー)や、優れた技術を持つ企業はあっという間に資金を調達します。したがって、プレゼンをして売り込むのはVCである投資家サイドなのです。
VCはマネーゲームを行うのではなく、社会課題などを解決するイノベーションを加速するための付加価値競争を行っているのです。そのためVCには自身もスタートアップで成功した経験を持つ方が多く属します。

2つ目の誤解は、「直感投資」です。
話としては面白いでしょうが、一度のプレゼンを聞いただけで投資を判断するなどあり得ません。可能性のあるスタートアップをリストアップして、その度に情報を集めます。ステージごとに情報を整理しながら、投資前の調査を繰り返し行うのです。VCによっては過去の膨大な投資経験を活用して、自分たちの投資リスクを下げる取り組みも当然に行っています。
VCがスタートアップ企業に対して「一目惚れ」で投資をすることは有り得ないのです。

■VCの仕組み
VCの一般的な登場人物は3者に分類されます。
「LP(Limited-Partner/有限責任組合委員)」「GP(General Partner/無限責任組合員)」「起業家」です。

「LP」は、いわば資金の出し手です。
米国では大学基金や年金基金、保険会社などの機関投資家がメインです。当然、「業」として投資を行うため、ロマンではなく長期にわたる高いリターンを期待します。機関投資家が少ない日本では、一般の大手企業が出し手になることが多いです。
LPとVCは約10年の付き合いになります。その間、投資したお金は自由に引き出せません。一定期間出資した金額が塩漬けされる代償として、他の資産運用よりも大きなリターンをVCに期待するのです。多くのLPは10年で3倍以上を期待して、お金を預けます。

「GP」は、まさに投資家そのものです。
ファンドを立ち上げ、LPから預かったお金を投資しリターンを得ることを託された責任者です。預かった資金を手元に、有望なスタートアップを見つけて投資をするリスクマネーのプロなのです。GPの成功要因は、まさに「ダイアの原石を見つける」ことです。

GPは、通常LPから資金を預かり、10年間かけて膨大なキャピタルゲインを狙います。
ビジネスモデルとしては、預かり金額の2%ほどの運用手数料で事業を回します。
例えば50億のファンドだと、毎年1億の手数料でファンドを運営します。スタッフの給与、オフィス、出張費、将来の有望な起業家への露出と、全てを賄う必要があります。加えて、投資した金額を超えるリターンに対しては、超過した利益の20%を成果報酬として得ることができます。50億のファンドが3倍の150億のリターンを得たとすれば、上振れの100億の20%がGPに、80%がLPといった出資比率で分けるのです。
このように考えると想像絶する規模の資金を手に入れることが可能です。

起業家は事業を立ち上げる発明家です。
わずか数人でスタートし、限られた資源で実現しなければなりません。お金は先に出ていき、プロダクトは後で出来上がります。その間、常に資金ショートとの戦いです。
そこで会社の所有権でもある株式の一部を譲渡する代わりに資金を得て、事業の実現を達成するのです。

VCは、お金の出し手であるLPと、リスクを見極める仲介者のGP、そして起業家によって成り立つ「イノベーションを実現するためのエコシステム」なのです。

■まとめ
GPの仕事は「美味しく」感じますが、極めて「ハード」な仕事です。
少数精鋭で有望な投資先を掘り起こす日々。可能性ある企業のリサーチと、投資先のCEOとの面談。毎年に数百人とのCEOとの面談から、50社程度の企業とタームシートを使い、投資額とシェアの割合を交渉。運良く投資できる企業は、年に数社から10社程度。
その後も資金面以外の支援を提供してリターンを得られるように支援するのが、GPの役割なのです。

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
【関連URL】
■YouTube「早嶋聡史のチャンネル」
https://www.youtube.com/user/satoshihayashima/videos
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp
■月々1万円で学ぶ未来社長塾
http://www.mirai-boss.com/
■独・英・日の時計好きが高じて立ち上げたスイス時計ブランド
https://www.parris-dacosta-hayashima.com/