[第48回 小売とマーケティング rev1]
【問い】
店舗系の事業の成功要因は何でしょうか?
【方向性】
一言で「立地」という回答は昔の話。地元に密着しながらも複数の媒体を活用した取り組みで、顧客本位に事業を行う。という当たり前のことがポイントになりますね。
【解説】
■企業主体の4P
有用なマーケティングのフレームワーク(考え方の枠組み)に「4P」があります。
1960年にエドモンド・ジェローム・マッカーシーによって提唱された概念で、マーケティングを議論する際の4つの視点です。商品(製品やサービス)に関する方針のProduct、価格に関する方針のPrice、流通や商流や情報の流れを決めるPlace、そして販売促進に関するPromotionです。
モノが無かった時代は、商品(Product)が重視され、上流工程の研究や製造が企業の成功要因とされました。作れば売れたのです。
そしてモノが溢れると、今度は商品の認知がカギになり販売促進(Promotion )が注目されます。今と違って情報は僅か。そのため1980年代から1990年代は、広告代理店が中心となり、マス広告が普及します。
日本の経済成長がピークとされた1996年前後、市場には似たような商品が溢れ、認知活動も進みます。そのため価格競争が激化して価格(Price)が重視されました。
■顧客主体の4C
それぞれのPがバラバラだと上手くいかないという概念は当初から在りましたが、2000年前後より「企業が商品を提供するのではなく、顧客の問題解決をするために企業がある」という顧客志向の概念が脚光を浴び始めます。
そこから4Pの概念は、1990年代にロバート・ローターボーンが提唱した4Cの概念に言い換えられます。
4Pを企業側の視点とすると、4Cは顧客側の視点です。
商品は顧客の問題を解決するモノなので価値(Customer Value)と捉え、価格はコスト(Cost)と捉えます。流通は顧客に取って利便性(Convenience)を提供し、一方的な販売促進ではなく双方でコミュニケーション(Communication)することが大切とされました。
ここでいう「価値」とは、製品やサービスの購入により得られる価値に加えて、購買前後の体験や購買後のフォローを含みます。そして、感情的に得られる気分や優越感なども価値として考えます。
「コスト」は商品の購入において重要な判断材料です。検討する苦労や流通に関わる苦労、取り付けや実際に使い始めるまでに必要な労力も加味して考えると、より顧客に寄り添った考えになります。価格の調査や割引情報、ポイント等を付加する取組もコストの範疇です。
「利便性」については、優れた商品と価格帯が合理的でも、入手困難な状態では購買に至りません。そのため顧客の購買前後の利便性までを考えることが大切です。小売店の陳列棚を見ると、単に商品をアピールしたいだけの企業の思惑を表すかの如く「赤」や「オレンジ」といった目立つパッケージをよく見かけます。しかし、顧客はそれらを自分の家の素敵な空間に置きたいとは考えません。この流通に関する利便性の視点を変えるだけでも、様々な改善アイデアが出てきますね。
最後は「コミュニケーション」です。企業と顧客を継続的に結びつけ、意味ある意思疎通をタイミングよく行うことが大切です。企業は一方的に沢山の情報を届けようと考えます。しかし顧客に対して、顧客のタイミングで、わかりやすく伝えることが大切です。
■近年の小売の変化
2000年頃、小売業界の「4P」は「4C」になり、企業主体から顧客にシフトしました。そこでは「4P」の「Place」、立地条件が成功の鍵でした。理想的な土地を探し、費用をかけて出店。そのため小売業は資金力がモノをいう世界でした。
そこにインターネット革命が風穴をあけます。ネットの普及と共に2007年頃より始まるスマートフォン革命も大きな変化を与えます。誰もが気軽に情報を検索し、行きたい場所が分かるインフラ整備と共に、プラットフォームで気軽に商品検索と比較購買ができる環境が生まれたのです。
結果、立地条件の重要度は下がります。
ドットコムバブルの象徴でもある米国「Amazon」は、店舗を持たずに消費者と商品を結びつける事業を書籍販売から開始します。そしてその裏では、ひたすら物流整備を進めます。小売業の秘訣が立地から物流にシフトしたのです。そこから米国では「Amazon」、日本では「楽天」のような企業が、小売業者と顧客を結びつけるビジネスモデルを確立します。
小売業はプラットフォームの中での知名度向上と、商品カテゴリの中での首位争いのため、広告宣伝費を費やします。また購買者の評価と口コミを増やすことに躍起になり、プラットフォームの囲い込みが始まります。
そのような中、中古品やオークションは「ヤフオク」、個人(素人)間の出店は「メルカリ」、法人事業のマーケットプレイスは「モノタロウ」、ナショナルブランドを購入する場合は「ヨドバシカメラ」と、Amazonや楽天の一強体制の世界に競合が登場して、目的により顧客が媒体を選択する世界が始まりました。
■D2Cの始まりと終わり
インターネットの世界でも小売業は進化し、顧客向けブランドを展開する企業や小規模事業者は、従来のプラットフォーム(電子商取引サイト)を活用せず、直接顧客と取引をする販売に注目するようになります。
「D2C(消費者直接取引)」と呼ばれるビジネスモデルです。
D2Cの立役者は、カナダのECプラットフォーム「ショッピファイ」です。
小規模の小売業者でも簡単にD2Cが実現できるように顧客情報等の管理業務、決済機能、配送インフラなどの各種サービスを提供し、Amazonや楽天に対応できる仕組みを提供したのです。米国や欧州を中心にD2C企業が躍進して大量の投機マネーも流入し、一大ブームが起こりました。
D2Cの特徴は、SNSを活用してブランドの認知度を上げ、顧客の興味を獲得します。そして、自社のサイトに誘導し顧客データベースを獲得。直接商品を販売して、きめ細かいアフターフォローを展開します。
しかしこのブームも長く続きません。
SNSを活用し、似たようなコミュニケーション戦略と、商品は違えどいずれも同質のマーケティング戦略に顧客は定着することなく、D2C企業は顧客獲得に苦戦するとともに投資家からも見放されていきます。費用をかけて広告宣伝が出来なくなると新規顧客の流入がストップし、自社のビジネスの成長が下火になるという脆弱なモデルが露呈したのです。
コロナ禍を発端に、ウクライナとロシアの戦争、中国のゼロコロナ政策による物流の停止、エネルギー価格や部品価格と配送料の高騰などが、次々に連鎖しています。顧客はモノが欲しいけれども部品や物流の停滞で商品が不足し手元に届かず、結果的に物価が上がる現象が発生しています。
D2C企業の直撃は、これに加えてSNSの広告ポリシーの急激な変更と広告料の値上げで追い打ちをかけられました。
■リアルとバーチャルの境目
米国のウォルマートは、リアル店舗を活用したD2Cの開発を進め、オンラインで注文した商品を店頭で受け取るBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)をすすめています。
一方のAmazonはリアルの世界から実店舗の世界へ拡張を進めています。
今後、リアルの店舗とバーチャルの取り組みが融合する「オムニチャネル」が当たり前になると、その土地にしかない希少性に益々価値がでてくるかもしれません。
ひょっとして立地で始まった「P」は、流通に変わり、しばらくはローカライゼーションにフォーカスされるかもしれないですね。