[第43回 EVがもたらす変化]
【問い】
自動車がEV化し、完全自動運転が到来すると、一体どのようなインパクトがあるでしょう。
【方向性】
バス、電車、タクシーからライドシェアなど、あらゆる交通手段がスマホとつながり、我々の移動が自由に安価にストレスなく達成する世界が想定されます。そうなると既存の自動車業界と主要プレーヤーが大きく変化することも考えられます。
キーワードはCASEとMaaSです。
【解説】
自動車が量産体制になってから100年以上が経過します。昨今のCASEの動きにより自動車業界は大きく姿を変えることになるでしょう。
大量生産・大量消費のビジネスモデルが、所有から利用、そしてハードからソフトやデータを軸に事業の発想が全く変わるのです。これは内燃機関中心の技術が電気自動車に変わることにより、手動運転の世界が一気に完全自動運転にシフトするシナリオが考えられるからです
《これまでの自動車業界》
1908年、フォードがT型の量産を開始して以来、およそ100年にわたり車両の大量生産と大量消費が当たり前の時代でした。自動車技術の主流は内燃機関でもちろん手動運転が基本でした。
しかし2003年のテスラ創業を皮切りに、変化がジワジワ現れます。2007年にはGoogleが自動運転の開発に着手、2009年にはUberが創業されます。自動車の技術はハイブリッド車から徐々に電気自動車へとシフトします。
そして2016年、メルセデス・ベンツグループ(ダイムラー)が「CASE」という造語を発表し100年に1度の大変革を予見したのです。
《CASEとは》
CASEとは、「Connected Autonomous Share/Service Electric」の頭文字をとった造語です。
もともとは昨今の環境規制をクリアする目的で、内燃機関の技術に加えて電動化(EV化)の研究が進んだ結果、生み出された概念です。そこから安全確保を目的に運転支援システムの研究が、やがて自動運転の取組を後押ししました。さらに昨今のITの進歩とともに、車外の接続技術も進展しました。
いわゆる5G、クラウド、OTAなどの技術により、車はインターネットに常時接続するIoT端末のような位置づけへと変化しているのです。
この電動化と自動運転とインターネットへの常時接続の組み合わせにより、自動車が第三者とつながり、従来は想定出来なかった全く新しいサービス「Maas」(「Mobility as a Service」の略)が広がっていく可能性が高くなっていくと思われます。
《EV化のインパクト》
特に大きいインパクトはEV化と自動運転化です。
従来のガソリンが動力源となっている自動車の場合、構成する仕組みはラジエーター、変速機、エンジン、排気管、燃料タンク、排気ガス浄化装置など多岐にわたります。部品点数は約3万点といわれ、構造が複雑なため組み立てにもノウハウと経験が必要でした。そのためトヨタやホンダや日産などの完成車メーカーを頂点に、Tier1と呼ばれる1次サプライヤー、Tire2と言われる2次サプライヤー、そしてパーツを作るTire3まで、垂直統合型の産業構造が形成されました。
対してEVの構成はモーター、制御装置、電池と比較的単純で、部品点数が半減すると言われます。組み立てもガソリン車と比較すると単純で容易です。このことはAppleやAmazonやSONYなどが行っている水平分業型の産業構造になることを示唆します。
自動車産業は就業人口が約542万人を超える巨大産業です。仮に部品点数が半減し、水平分業に転換すれば、その影響は甚大で、川下から川上までで約180万人の雇用喪失のインパクトがあると想定されています。
《自動運転化のインパクト》
従来の自動車メーカーの開発思想は、それぞれの仕組みを電子制御ユニット(ECU)で構成し組み立てていました。主要な部品群毎にECUが分散配置される格好です。
しかし新興EVメーカーの開発思想は、モーターや制御装置や電池などのハードを統合したECUで集中管理しています。簡単に言えばiPhoneにタイヤがついているような感じです。そのため車とネット上に接続されたクラウドが通信をして、常に自動車のソフトを最適な状態に保つことができるようになるのです。
この技術はOTA(Over the Air)と呼ばれ、新車購入後もソフトの追加や更新ができ、車の性能を更新することが可能になります。
残念ながら現時点で日本は部品を含め、自動運転関連の特許は先行していますが、肝心の人工知能の分野では遅れをとっています。
その理由は公道での実験が難しいことが背景にあります。
GMやGoogleの子会社などは既に自動運転の実験を公道で行っており、その走行距離はGMが120万キロ以上、グーグルが100万キロ以上の実績です。対してトヨタはわずか0.4万キロ。自動運転の精度を上げるための開発と実験は必須ですので、日本勢が追いつくのは相当至難な技といえるでしょう。
つまりこれからは、AIに強い企業が新たに完全な自動運転の実現を達成するプレーヤーになる見込みが高いのです。
《世界の自動車メーカーの動き》
トヨタはダイハツ、スズキ、マツダ、スバルと組み、チームトヨタを形成しています。フォルクスワーゲンとフォードはCASE領域で協業、GMとホンダは戦略的なアライアンスを締結するなど、世界的なEVシフトをにらんだ協業が進みます。
各社とも開発や生産コストを共有し、今後のモーターや電池、車台などを含むEV部品の共通化を進めている最中です。
一方、EV車を中心とする新興EVメーカーの勢いが止まりません。
2003年創業のテスラは2020年時点で販売台数が50万台弱と、トヨタの950万台と比較して少量であるにも関わらず、時価総額は既にトヨタの2倍以上の約80兆円を既にこの時点でマークしていました。
EV化にシフトすることで、全く発想が違うテスラの実力と将来性を投資家が期待している証拠です。同じく中国のEVメーカーも、BYDを筆頭に実力を伸ばしています。
《自動運転が当たりまえの世界》
さて、車を保有している人は、自動車の稼働率を考えてみてください。
平日に毎日1時間、休日に3時間乗ったとしても、稼働率は10%にさえ届きません。
しかし、もし駐車場に停めている車が自動で走り、Uberなどと提携して自分が乗らない間でもタクシーのようにお客さんを載せてお金を稼ぐとしたらどうでしょう。
また、自分がほとんど乗ることのない車を個人で所有するよりも、スマホ片手にすぐに呼べ、気軽に車で移動できる世界が実現されると、車を趣味にするマニア以外は自動車を所有しなくなるでしょう。そして一部の資本家が自動運転車を大量に保有し、街中に走らせるビジネスを展開するようになるのです。
自動運転が当たり前になればタクシードライバーの仕事は不要になります。従来は人件費がかかっていたためタクシー料金は高かったのですが、自動運転によって金額も安価になることが考えられます。
さらに突き詰めれば、従来は個人が所有することで成り立っていた事業そのものが壊滅します。
住宅の駐車場や会社の駐車場も不要になり、個人向けの自動車保険も激減します。中古車買い取りや販売オークションの事業が吹っ飛び、カー用品やレンタカー、自動車教習所なども事業を失うことになるでしょう。
加えて自動車がスマホを介して、従来のサービスと連動しはじめると、鉄道やバスなど従来の交通事業者にも大きな影響を与えることは間違いありません。
このように、少し考えただけでCASEのインパクトが大きいことがわかりますよね。
一方で、我々消費者からすると、より便利でより安価なサービスを受けられる可能性が高くなります。
CASEがもたらすMaasの世界。この到来は確実な未来といえるでしょう。
自動車関連業界でビジネスを展開している企業は、将来に備えた変革が必須になってきます
※参考資料
「日本車は生き残れるか」(桑島浩彰著・講談社現代新書)
「令和2年版情報通信白書」(総務省)
「CASE革命」(中西孝樹著・日本経済新聞出版)
「自動運転&MaaSビジネス参入ガイド」(下山哲平著・翔泳社)
「Beyond MaaS」(日高洋祐、牧村和彦、井上岳一、井上佳三著・日経BP)