建築・都市計画を専門にしながら、景観マネジメント、観光政策、中心市街地や離島・中山間地域再生に至るまでフィールドを広げる大分大学理工学部の姫野由香助教。まちと正面から向き合う姫野先生に、その原点を深掘りするお話を聞いてきました。

■公園ひとつが、まちを変える!?
──都市計画を専攻しようと思ったキッカケは何でしょう
?
姫野 小さい頃、近所に怖いなと思う公園があったんですよ。木々が鬱蒼としていて、暗い雰囲気で、ちょっと近づきたくないような公園でした。そこが整備されたあと、そのまちのイメージまでパッと変わったんです。公園ひとつが変わるだけで、まちの印象が違ってくるということに、とても驚きました。その頃から、公共性の高い空間に関係する都市計画に携わりたいという芽が出ていたと思います。
 受験の時は、大学に直接「都市計画の勉強はできますか?」と電話で問い合わせ、受験することを決めました。あと、生まれ育った大分がとにかく大好きだから、というのも理由のひとつですね。両親が大分県内の各地に出かけていましたし、恩師が県内の各地に赴いて、専門性を生かして地域貢献をしている様子を目の当たりにして、そういう研究者になれたらなぁ、という思いも芽生えてきました。

──大学に進学し、実際に都市計画を学んでみて、いかがでしたか。
姫野 今でこそ「リケジョ(理系女子)」という言葉もありますが、当時は建築を勉強する女性は少数でした。男女の割合で言えば51くらいでしょうか。都市計画という学問は人文・社会学や経営、地理、土木そして建築などさまざまな分野で研究がされていて、いわば「学際的」という特徴があります。人の暮らしに最も近い建築や生活空間から都市や地域を考える建築学からのアプローチを専攻しました。男女関係なく色々な人生経験やバックグラウンドのある人が関わることが大切な分野でもあります。その一方で、建物はほんの数ミリがズレただけでも完成しませんから、ミリ単位で物事を考えるようにはなりましたね(笑)。現在は文化的景観や集落を研究しているのですが、暮らしを細やかに考慮しながら、都市計画を考えるアプローチがとれるので、建築がバックグラウンドでよかったと思うことが増えてきました。

──学生時代は、どんな方たちと交流がありましたか?
姫野 とにかく別府のまちに育てられて(セガわれて)きました。別府の研究をしていた時は、いろんな人が年齢や職業に関係なく集まって喧々諤々議論するサロンのような場がありました。私が最年少という場面が多かったのですが、なんでも物怖じせず話をするためか、面白いやつだと皆さん可愛がってくれていたように感じます(笑)。とあるタクシー運転手のおいちゃんに「お客さんが『ココで停めて!』と言った場所を、全部写真撮ってきてもらえますか」と、インスタントカメラを渡して頼んだこともありました。今考えると、よく協力してくれたなと思いますが(笑)。別府はいろんな人が集まるカオスな雰囲気があるまちで、そこが魅力ですね。誰でも分け隔てなく受け入れるまちです。だから、何気ない会話もすんなりと行かない、面白さがあります。美しい景観の条件を研究していた時なんて、ある音楽関係者から「“美しい”ってなに?」と問われたこともありました。今なら質問の意図を理解して自分なりの答えを伝えられますが、当時はうまく返せなかったですね。こんな具合に直感的なインスピレーションや想いで何かを伝えると「本当にそうなの?」と問い返される場面も多くて、「ならば研究でその答えを見つけてやる!」と頑張ったりして、かなり鍛えられましたよ(笑)。

──現在は教える側の立場になりました。
姫野 そうですね。今でも自ら現場に出かけて調査する研究は大好きです。私は“教える”というより学生たちと一緒に“地域課題と戦っている”想いです。彼らにもいろんな大人と接したり、現場で考える機会をつくってあげたいと考えています。私自身がカオスな別府で育てられたように。よく「学生は勢いも大切」と言われ、実際にそれが正しいこともあります。一方で、人の暮らしに近く、一生に寄り添う建築や地域に関係する人材は、責任感が特に大事だとも思っています。技術者となってゆく学生たちには、お祭り騒ぎだけではなく、発想や提案の裏に科学的な分析と根拠が求められます。それだけはしっかりと伝えています。あとは基本的に「放牧」ですね(笑)。

■まちの景観とどう向き合うか
──先生の卒論テーマは「別府の景観」だったそうですね。
姫野 別府は海に開いた扇状地に市街地が展開していて、そこに温泉まで湧いているという、神様にえこひいきされたような美しいまちです。でも、その美しさを支える海岸や山すそに開発しやすい場所(商業地域)が張り付いています。そういう場所に、別府八湯の温泉郷が立地しているためなのですが、別府の財産である景観を守るためには、規制も必要だなと感じていました。今から22年前のことですねその約10年後の2012年に鉄輪や明礬温泉地区が国の重要文化的景観に選定されるのにあわせて、山すそにある両地区に景観のルールが設けられるなど、状況は改善されてきています。いま思えば、それもこれも別府のトレランス(寛容性)の象徴なのかと、一歩ひいて考えることができますが、当時は「これは問題だ! 愛する別府が大変だ!」と思っていました。

──研究を通じて、別府から新しい学びを得られたのですね。
姫野 もう一つ、別府のまちで学んだことは、「まちづくりは楽しいもの」ということです。社会の教科書に載ってしまう「まち歩きガイド」を生んだ別府ですが、ガイド自身が楽しんでいました(笑)。関わる人や暮らす人が楽しくなければ、まちづくりは続かない。それを教えてくれたのも別府です。ワークショップで住民の方の思いをカタチに!とプロジェクトに関わっていますが、いずれも時間のかかる作業で、住民側の労力も大変なものです。だからこそ、折々に「楽しみ」を提供する。この視点は大切だなと、今でも肝に銘じています。

──同じ温泉地でも湯布院はひと味違った道のりを辿ってきていますね。
姫野 湯布院は、景観法2004年)という法律の影も形もない1970年代から、大規模開発と戦い、ムラの風景を守ってきた地域ですよね。「潤いのある町づくり条例」を読んでみるとわかるのですが、条例といっても、堅苦しい文章が並んでいるのではなく、ゆふいんという地が、大切にしてきたことを、次の世代に伝えるための手紙や決意表明のような条例なんです。この条例に初めてふれたときは、とても感動しました。ふつう、条例を読んで感動なんてしないですよね(笑)。だからこそ、今の湯布院があるのだろうと思います。再生可能エネルギー施設の開発然り、今も戦いつづけているのが湯布院です。いわば「戦いのまちづくり」です。このように、学ぶ点の多い地域が身近にあり、幸せな環境で研究活動ができているな、とつくづく思います。

──大分以外で面白いと感じたまちはありますか?
姫野 他のまちを観察するとき基準にするのが「住んでみたいかな?」と思えるかどうかです。離島を含め、鳥取以外の全ての都道府県を訪れましたが、一番惹かれたのは香川県高松市でした。スケール感、まちの路地裏、市街地にある大きな栗林公園など魅力的な要素がたくさんありました。でも、道後温泉愛媛県松山市)まで距離があるのがネックなんですよ(笑)。すぐに温泉に行けるという、大分県ならではのメリットはやはり大きいですね。石川県金沢市も魅力的だなと思う地域です。特に新幹線が開通する前にそう感じました。主計町などの旧町名をリバイバルしたり、衰退しつつある場所を買い上げて辻公園を整備したり、駐車場と駐輪場問題、公共交通を連動させた改革など、どこも課題とわかっていてもできないことを、山出保・前市長をはじめ商工会議所やまちの方が奮闘して挑んでいました。実際に金沢に行った時、タクシーの運転手さんが地元の都市計画施策を自慢げに話をしていたのが印象的でした。

──ある意味、タクシーの運転手さんは、まちの全体像を把握していますからね。
姫野 衝撃でした(笑)。それまで地元の人の不満は聞こえてきても、自慢話を聞く機会はあまりなかったので、本当に素敵なまちなんだな、市民に浸透しているのだなと思いました。ただ、新幹線開通後は開発のスピードにまちの価値観を守る手立てが追いつけていない印象。どこの地域でも、こういった課題は突きつけられるものと思います。マーケットと消費の動きは栄枯盛衰が激しく、そのスピードも速い。各種施策は課題が起きはじめて検討するのでは間に合わないのが宿命です。都市計画の分野では「とらぬ狸の皮算用」が、とても大切。大分も「新幹線を!」と騒いでいますが、そのためのまちの備えもちゃんと考えなければならないということを、忘れてはいけないと思います。

※「第22回 姫野 由香さん/大分大学 理工学部助教 #2」へ続く

profile

姫野由香(ひめの・ゆか)/国立大学法人大分大学理工学部創生工学科建築学コース助教。1975年、大分市生まれ。大分大学大学院工学研究科建設工学専攻を修了後、大分大学工学部建設工学科助手を経て、2008年より現職。研究分野は建築・都市計画、景観、観光、まちづくり、中心市街地再生、離島振興など。別府市をフィールドとした研究も多く、近年発表の論文は「温泉観光地における民泊施設の立地分析と住民評価の実態」(共著)。文化庁芸術文化振興基金運営委員、大分県環境影響評価委員、大分県景観計画策定委員ほか公職多数。詳細は科学技術振興機構サイトを参照。
■国立大学法人 大分大学
https://www.oita-u.ac.jp

■大分大学 理工学部
https://www.st.oita-u.ac.jp

■建築・都市計画研究室+姫野由香
http://www.arch.oita-u.ac.jp/urban/lab/