※第29回 英国と欧州大陸 #2より続き
第30回 英国と欧州大陸 #3
■ドイツの巧みな活動
フランスはドイツを恐れてEUの制度を成立させましたが、流石はドイツ。EUの枠組みを正当に活用して自国に利潤をもたらそうと考えます。
まずは通貨です。
通貨がバラバラであれば富を得ている国、つまり利益を得ている国の通貨の価値が上昇します。そのため、元来から米国や日本やスイスの通貨価値は高値をつけていました。
もともとドイツはものづくりでも優等生で、ドイツマルクの価値も高い状況でした。当然、他国と貿易をする際はドイツマルクの価値が上がっていたので、ドイツ製品は他国に取って割高な商品になっていました。特にドイツ御三家のベンツ、BMW、アウディなどはドイツマルクの価値上昇も加わって、他の車と比較しても超高級車として取引されました。
ところがEUがユーロに統一すると、マルクがなくなります。
ユーロは仮想国家で、ドイツが優秀でも他の加盟国の信用はまだまだ高いとは言えません。おかげでユーロの価値は相対的に上がりにくい構造になっていました。
その結果、ドイツはドイツ製品をユーロで売ることで、加盟国の中では割安に見せることに成功しました。日本が円高で苦しんでいる時にも、ドイツはユーロ安でボロ儲けすることが出来たのでした。
ドイツを恐れたEUの制度が、逆にドイツを成長させるコントロールレバーになったのです。これはフランスにとっても予想外だったと思います。
ちなみにユーロにも中央銀行があり、所在地はドイツのフランクフルトです。各加盟国が出資して、その出資額に応じて発言権が強くなりますが、ドイツが最も出資額が多く、実質ユーロはドイツが仕切っています。
英国からするとここも不愉快だったことでしょう。
ただ、英国はユーロの導入をしませんでした。
自国通貨を手放せば通貨発行の権利を失いますが、多くの国々は景気が悪い時は自国通貨を刷りまくってごまかしています。もしユーロを使用するとなると、いちいちドイツの許可が必要となり、英国にとって不都合極まりなかったのでしょう。
ドイツのメルケルは積極的に移民を受け入れる政策をとりました。
表面的には移民に感情移入をして、可愛そうだとしていましたが、経済的には移民の労働力を欲していました。当然、ドイツ国内の産業を下支えするためです。
ドイツも高齢化になりつつあり、社会保障等の負担は日々大きくなっています。
そこでドイツは考えました。「EUで移民を受け入れて対応しましょう」と。そして、「もし受け入れたくないならば、そのぶんお金を出しませんか」と。
当然、移民からすると、仕事があって賃金があって保障が充実するエリアにいきたいので、ドイツや英国がいいとなるのは自然です。SNS等を使って「こっちはこんな条件だぞ!」となり、結果的に英国を目指し始めたのです。
しかし英国民からすると「これまで自分たちが将来のために払ってきたお金を、なんで移民に分配しなきゃいけないんだ」と騒ぎ始めます。その時の首相がキャメロンでした。
そこでキャメロンは、メルケルとの交渉材料にしようと、国民投票でEUに残留するか出ていくかを決めようと考えたのです。
当時のキャメロンの思惑では五分五分、または6対4くらいで残留が勝ち、その内容をメルケルに突きつけ、「あなたの要求は聞きませんよ」というシナリオを考えていたのでしょう。
ところが、ご承知の通り「EUを出ていく」の票が上回り、政府としては国民の意思を無視するわけにはいかず、英国のEU離脱となったのです。
しかし国民投票をする以前に、英国がEUを出たら実際どうなるかといったシミュレーションは殆ど行なわれておらず、離脱後にマーケットはどうするかとか、関税システムの再開に伴う契約の見直しをどうするか等、色々と不都合な事実が出てきたものの、もう後の祭りでした。
一方、ドイツとしては「英国は、実は残りたいのだろう」と踏んでいました。そして、これを逆手にとって「英国から良い条件を引き出そう」と様々な条件を突きつけ、時には内政干渉と取れるようなこともしていました。
結果、英国の保守党政権内でも離脱派と残留派が対立。EUとの条件闘争も、もちろん決裂しました。
しかし最終的には保守党の離脱派であるボリス・ジョンソンが総選挙で圧勝してしまい、正式離脱を表明したのです
■ボリス・ジョンソン
ボリス・ジョンソンは2015年に下院議員になる前は、ロンドン市長を2期8年務めています。
ニューヨーク生まれで、米国と英国の二重国籍を持っており、前メイ政権の外相に起用された時点で米国籍を捨てています。ボリス・ジョンソンとキャメロンは、名門・パブリックスクールのイートン校からの盟友でしたが、ブレグジット国民投票では離脱派と残留派で戦うことになりました。ただ、両人ともEUから距離を置く伝統的な保守党のリーダーだったので、本気で戦ったかどうかは不明です。
ボリス・ジョンソンとキャメロンは、「英国病」と形容された1970年代の長期経済低迷期に、マーガレット・サッチャーの言動に影響を受けています。当時のサッチャーのスピーチに、次のような記録があります。
「ソ連のように中央から仕切る国が、今は権力分散が大事だと言っている。それなのに欧州共同体は逆行して権力を中央につけようとしている。フランスはフランスとして、スペインはスペインとして、英国は英国として独自の文化や習慣やアイデンティティを持ってるから強くなるんだ」
また二人はチャーチルの思想にも強く影響を受けていると言われています。
以下は、第二次世界大戦前のチャーチルのメッセージです。
「英国は欧州と連携しているが、その一員ではない。欧州とともにあるが、欧州は英国ではない。我々は欧州に関心を持ち、結合しているが欧州に組み込まれているわけではない」
さらにボリス・ジョンソンは、ロンドン市長時代に「EUの目的は本質的にはアドルフ・ヒトラーと同じだ」とし、「英国はEUという超国家に取り込まれるべきではない。ユーロは生産力あるドイツに絶対的なアドバンテージを与え、その他ユーロ圏の国々はドイツに絶対勝てない仕組みになっている」と、ユーロを批判していました。
ボリス・ジョンソンとしては、ようやく自分の考えを体現する活動が始まったので、ワクワクしているのでしょう。
■英国の分断
今回の国民投票の結果は興味深いものがあります。地域的に見て、残留か、独立かが明確なのです。
スコットランドなど北部エリアは残留派が多く、イングランドは独立派が多いのです。スコットランドのウィスキーは欧州で売れていましたが、関税がかかると高くて売れなくなります。
そのため、英国のEU離脱によってスコットランドは英国から離脱してEUに戻る意向を示しています。
2020年12月末、ボリス・ジョンソンが示した挨拶の中で「手にした自由を最大限に活用するかは私たち次第」と強調し、「世界中と貿易協定を結ぶことができる」と、EU圏外の各国と独自に経済関係を強めていく姿勢を示しました。
しかしこの時、スコットランドのスタージョン自治政府首相は「スコットランドは間もなく(EUに)戻る」「私たち自身が私たちの未来を担う時だ」と相次いでツイッターに投稿しています。
英国のEU離脱は北アイルランドにも大きく影響します。
北アイルランドは元々はアイルランドで、全体の25%程度が英国からの移民であり、アイルランド独立時に英国の一部になっています。英国系はプロテスタントでアイルランド系はカトリックと宗教的な対立も揉め事の背景に隠れています。
これらの解決策のひとつとして国境を無くすことがあり、平和が取り戻されました。
しかし今回のEU離脱によって再び国境が生まれると、揉め事の原因になりかねないのです。
今後、ジョンソン政権は欧州以外にマーケットを求める動きを加速します。
保守党はマーケットとして中国もみていましたが、香港問題やウィルス問題で険悪になっています。
米国に関しては協定を結んで、関税をゼロの方向に調整しています。
そしてTPP。
太平洋周辺国の関税無しの協定ですが、このエリアを見渡せば、かつては英国の植民地だった国が多くあります。ほとんどが英国との相性も良く、日本にとっても実質的な日英の貿易協定の進展につながっていきます。
EUは中国と接近し、英国は日本に近づく。
再びランドパワーとシーパワーの戦いが始まるのでしょうか。
そして英国は巧みにどこかの国とパートナーを組み、何かまた企んでいるのでしょうか。