第16回 ブロックチェーン その2
■問い
最近時々耳にする、「ブロックチェーン」ってどのような概念で、何に役に立つのでしょうか? 前回に引き続き詳しく教えてください。
■答え
情報の流通において、どのような二者間でも信頼される第三者に頼ることなく、直接取引できる仕組みを構築することです。ブロックチェーンはこの概念からスタートしています。第2回目は、概念の解説や事例を通して理解を深めてください。
■解説
今回は「ブロックチェーン」についての具体的な活用事例をお話します。前回説明したブロックチェーンの3つのメリットを活用して情報システム基盤としての利用と、新しい社会システムの提案が行われています。
更に、非中央集権的なプラットフォームを構築するための費用を捻出する「トークン」の先行発行(ICO)についても理解を深めます。
【具体的な活用事例】
ブロックチェーンは、「改ざんしにくい情報共有の構築」「価値流通の構築を簡単に構築できる」「価値のトレーサビリティを担保できる」と、3つのメリットがあります。これらのメリットを活用すると様々な取組が考えられます。
修了証書の管理
学歴詐称の話題は、いつまでたっても尽きませんね。例えば、修了証書の情報をブロックチェーンで管理すると、情報の信憑性が保てます。改ざんそのものが難しいためです。MITでは実際に履修成果の照明としてブロックチェーンを活用しています。
領収書
深センでは地下鉄の領収書発行にブロックチェーンが活用されています。領収書により費用申告を行います。領収書をブロックチェーンで管理することで税務手続きや還付の手続きが簡略化され、互いに不正が出来なくなります。
価値の流通
オリガミペイ、アリペイ、ペイペイ、ラインペイなど、様々な支払い媒体が普及しています。しかしモバイル決済をまたがる支払いはまだ自由度が低いです。それらをブロックチェーンの活用で解決しているのが中国のアリペイです。
ブロックチェーンを活用すれば運用コストと手数料が不要になり、手軽に導入できます。支払い媒体を意識せずに消費者が利用できると便利になりますよね。当然、決済提供企業は、その覇権を狙っているのです。
価値所有
ダイヤモンドの所有者管理に使われます。ダイヤモンドはカット、カラット、クラリティ、カラーなど固有の特徴があります。その特徴をIDとして登録し、初めに採掘した企業がブロックチェーンに登録します。その後、所有の移転とともに情報が追記されます。所有の記録を管理することで盗まれても誰の所有物かが明確に分かります。
市民情報
エストニア政府は、結婚、出生など、役所が管理していた情報をブロックチェーンで実現する構想を持っています。役所の一極管理が不要になれば、役所の負担が軽減されます。個人の認証は役所が行い、その後の管理はブロックチェーンに追記することで住民情報の管理が飛躍的に便利になります。この構想は未完成ですが、日本でも検討して欲しいですよね。
フェイクニュース対策
ネット上にはフェイクニュースが溢れています。一方で、ニュースの信憑性の担保は必須です。そこで、信頼性の高い記事を書いた人や信頼性の高い記事を紹介した人にトークンを発行する仕組みを作ります。ユーザーによって双方に評価されるようになると、結果的にはスコアが高い人のニュースは信憑性が高くなります。
芸術品の管理
多くのアーティストは、自分の作品から適切な対価を得る機会になかなか恵まれません。作者が販売していた頃は価値がまだ低く、何かのきっかけで高騰したときは他の転売者が利益を得るからです。そこでアート作品の管理をブロックチェーンで行います。作者から第三者に権利が移り、転売するたびに作者に転売益を分配する仕組みを構築します。
【ICO】
「ICO」は「Initial Coin Offering」の略称で、日本語では「新規仮想通貨公開」などと訳されます。元々は、ブロックチェーンの仕組みを使って、非中央集権的なプラットフォームを作れないかという取組から考えられました。ブロックチェーンの技術を活用すれば、一極集中型の中央集権の組織から各々が自律した分散型の組織がつくれます。
誰かが意思決定を行うのではなく、何かイベントが発生したらコンピュータのプログラミングによって業務が遂行される「スマートコントラクト」の技術を使い、組織が自律的に動きます。そして、その取組に係る人は、トークンによるインセンティブで活動するため、運用コストも中央集権型の仕組みと比較すると安価になるのです。
ただし、はじめの仕組みを作るためには初期のコストが必要です。全体の仕組みや開発費、初めの維持費を捻出する必要があるからです。そこで一定規模のトークンを先に発行して、そのトークンを資産家に買ってもらうことで、必要な費用を賄うというのがICOの基本的な考え方です。
資金調達をしたい組織や企業や事業体が、独自のトークンを発行して、それらを仮想通貨として販売して資金を調達します。投資家は、上述した分散型のシステム基盤のインセンティブとして使用されるトークンの価値が将来的に上昇することを期待して資金を出します。従来は株式を利用したIPOが注目されていましたが、ICOは新たな資金調達手段として注目を集めています。
現時点でICOによる調達資金の総額は2兆円を超えています。多くの組織や企業がブロックチェーンを活用した新サービスを開始するにあたり、トークンを売り出して資金調達しています。
しかし、ICOにもメリットとデメリットが存在します。
メリットは、従来限られていた組織が資金調達の手段を握っていたのが「民主化」されたことです。対するデメリットは「ガバナンスの不在」です。例えば、ICOによって莫大な資金調達に成功した瞬間、開発意識が弱まり調達資金を他に使い込んで、資金自体が無くなってしまうような事例が起こるのです。当然、株式市場よりも歴史が浅いため、仕組みそのものが脆弱で透明性にもかけています。
そのためICOは、各国の規制対象が進めています。
米国では特定ケースに対して連邦証券取引委員会(SEC)が有価証券登録義務違反としてICOに対する中止措置を発動しています。中国では、全面的に禁止されています。シンガポールは規制当局MASがICOに関するガイドラインを制定しています。日本は「様々な問題指摘もあるが、将来の可能性も一定評価あるため現時点で禁止すると判断するものではない※1」という態度です。
【変化する事業の行方】
ブロックチェーンの技術向上と普及は今後も加速的に進むことは間違いないと思います。その中でディスラプト(破壊)される可能性のある業務は、情報の正確な記録や正確なロジックの運用によって付加価値を生んできた業務です。
例えば、銀行、保険、証券、行政などはディスラプトされる部分が多いでしょう。一方で顧客への提案や情報分析、信用の仲介、マッチング業務は継続的に必要になります。そのため上述の業界が無くなるのではなく、業務の一部が破壊されることになるでしょう。
方向性は、ブロックチェーンが普及することで、情報管理が「占有」から「共有」へシフトします。そして独占的な情報提供モデルが崩れ、外部の利害関係者と合理的なエコシステムをつくることがポイントになります。現時点では、あらゆる業界に急激に普及するものではありません。
経営者としては、ブロックチェーンの良さを活かすための長期的な視点でのウォッチと、そのタイミングが来る前に大胆な発想の転換に対する心構えが重要になってくるでしょう。
※1 金融庁
参考:向研会 2019年5月 ブロックチェーンのビジネスインパクト