第11回 ジョブ理論 後編
前編に続き、クレイトン・クリステンセンが提唱するジョブ理論について解説します。ジョブ理論とは、顧客が商品(製品・サービス)を購入する理由を明らかにして、それにまつわる解決策を提供する一連の考え方で、その定義を「特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」としています。
前編の「ミルクシェイクのジレンマ」では、興味深い発見がありました。
ミルクシェイクを買う人のあいだに、いわゆる人口統計学的な共通要素がなかったことです。そして共通点はただ単に、午前中に解決したいジョブがあることのみでした。同時に、調査結果は単純ではありません。午前中に加えて、午後や夜、特定の曜日などにも大量に買われることを発見しました。顧客が解決したいジョブが複数存在していて、違う目的のためにミルクシェイクを購入していたのです。
たとえば小さな子どもを持つ親たちは、違うジョブを解決する目的でミルクシェイクを購入していました。子どもは四六時中大人に対して要求します。
「だっこ!」「これ買って!」「これ欲しい!」「歩きたくない!」「疲れた」「走り回りたい」……。
親はそのたびにNGを宣言します。子どもに終日「ノー」と言ってしまう自分に嫌悪感を抱き始め、たまには「イエス」と言う機会を欲しいと思うのです。
週末は親が子どもに買う状況が多々観察されました。子どもを厳しくしつける反面、親はその行動に対して自分自身に嫌気が差します。「たまには優しく接してあげたい」「外出した時くらいは」「休みのときくらいは」と……。
その理由がミルクシェイクの購入に結び付いていたのです。
調査チームの観察では特に父親のケースが多く、彼らのジョブが「優しい父親の気分に浸る」というものだったと特定しました。
同じ男性顧客でも、朝の通勤時間帯と休日の午後や夕方ではミルクシェイクを購入する理由が異なるのです。
朝は「仕事先まで長く退屈な運転をしなければならない退屈しのぎ」。この場合のライバルは、ベーグルや栄養バーやスムージーなどです。
そして子どもと過ごす午後は「優しい父親の気分に浸る」。この場合のライバルは、オモチャやお菓子や抱っこなどが考えられます。
ミルクシェイクを結果的に購入する行為は同じでも、顧客がそれらを購買するまでの状況や基準が全く異なるのです。すなわち、ファーストフードチェーンがもっとミルクシェイクを売りたいと考える場合、解は1つではなく、複数の解決策を同時に考えなければならないのです。
【朝の男性と子どもと過ごす午後の男性のジョブの違い】
●ジョブ
「仕事先まで長く退屈な運転をしなければならない退屈しのぎ」
↓
●特定の状況
午前9時前にひとりで来店してミルクシェイクを買い求める。通勤時間の退屈な運転を紛らわせたい。一方で、2時間もしないうちに空腹感と戦うことも知っている。代替する商品は沢山あるが、手がベトベトになったり、すぐ食べ終えたりする。
●ジョブ
「優しい父親の気分に浸る」
↓
●特定の状況
休日を子どもと一緒に過ごしている。朝から続く子どもからの要求を常に断っている。「おもちゃ買って、あそこに連れてって、疲れたからなんか食べたい、ジュースが飲みたい、あるけないから抱っこして」……。子どもに一日中「ノー」という自分を否定したくなり嫌悪感を持っている。
ジョブ理論とは、顧客が商品(製品・サービス)を購入する理由を明らかにして、それにまつわる解決策を提供する一連の考え方です。
「顧客がほしいのはプロダクトではなく、彼らの抱える問題の解決策だ」と、ドラッカーが唱えたように、顧客はある特定の商品を購入するわけではありません。顧客は過去から現在までにおいて、何らかの問題を抱えており、その問題を解決するために商品を購入しています。
ジョブ理論では、ジョブの定義を、「特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」としています。顧客は自分自身がおかれている状況に対して何らかの不満を抱えています。そして、その状況を良くするために商品(製品・サービス)を購入して解決しているのです。
【ジョブの定義】
特定の状況(「車での通勤中」「厳しく子どもと過ごす休日」)で
↓
顧客(「毎日車通勤する人」「子どもと休日を過ごす父親」)が
↓
成し遂げたい進歩(「運転中の退屈を解消したい」「優しい父親気分を味わいたい」)
ジョブ理論の比喩は、「成し遂げたい進歩」に近づくことを「片づける」と表現しています。仕事を片付けるというニュアンスです。
商品を購入して片づける場合、「雇用する」という表現します。顧客の特定の状況から成し遂げたい進歩をみつけ、それらを解決する(片づける)商品を提供することができれば、顧客はその商品を購入(雇用)するという考え方です。
ジョブ理論では、ジョブを見つけるためのポイントを5つ示しています。
1つ目は、「身近な生活の中」でジョブを探すことです。
Airbnbの初期のコンセプトは、創業者たち自らが卒業後サンフランシスコで体験したことを中心に事業の骨子を固めています。ジョブに関する知見を得るためのはじめの一歩を自分自身の生活から見出すのです。「身近な生活の中」はまだまだジョブの宝庫です。たとえば日々の生活のなかで起こった「ひらめき」や、自分がこれまで獲得してきた顧客とのやり取りなどから、多くを学ぶことができるはずです。そういった些細なところから積極的にジョブに関するヒントを得るようにするとよいでしょう。
2つ目は、「無消費」に注目することです
これは特定のジョブそのものに未だ解決策が提供されていない顧客は、何も消費することをしないため無消費の状態にあるという考え方です。世の中にLCCが出て、海外旅行に頻繁に行くシニア層が増加した。また上述のAirbnbも同様にこれまで無消費だった顧客の旅行体験を増加させるきっかけとなりました。高齢化社会になり、アクティブシニアが増加したことで、高齢者向けのおむつの売上にも火がつきました。従来のおむつは、いかにも障害、病気、老人のイメージでしたが、ジョブを「楽しい生活を取り戻すこと」と捉えたメーカーは、見た目や販売形態を通常の下着と同じようにした結果、多くのシニアが飛びつきました。
3つ目は、「その場しのぎの対応」に注目することです。
ジョブそのものは認識されており、更に解決策も存在しています。しかし、その解決策に満足しておらず、その場しのぎの解決策を購買している消費者に目を向ける考え方です。引っ越しをする度に複数サイトを検索して見積もりを探していた、車の販売をする際にも見積もりを複数企業に請求していた、このような経験を一度はしたことがある人は多いでしょう。これらに対して見積もり一括サイトは理にかなったサービスを提供しています。顧客の「その場しのぎの対応」を観察することで新たなジョブが発見できるのです。
4つ目は、「できれば避けたいこと」に注目します。
子どもクリニックでは、予約時間前に子どもと待合室にいることは他の病気をもらう可能性があり、できれば避けたいことです。子どもクリニックの予約システムは、直前にスマホにメッセージで知らせ、スムーズに診察ができ、他の感染を低減しました。
最後は、「意外な使われ方」への注目です。
重曹は本来調理用の商品でした。しかし、自然派志向の家庭では、掃除や歯磨き、脱臭など、企業が想定していない用途で使われました。そこで、その企業は多様な用途での商品開発を行い、今では関連商品の売上が調理用途の10倍以上の売上を達成しています。
「特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」ということに着目して、既存事業を見直してはいかがでしょうか。
その際、上述した5つのポイントは大いに役立つでしょう。
■筆者著書
実践「ジョブ理論」 早嶋 聡史著
総合法令出版 ¥1,944
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