第1回 労働と資本
■問い
労働力が不足して収益を出せない業界が目立ちます。一方で、世の中はIoTやAIなどを駆使して、法人向けでの事業には自動化の動きが当たり前のように加速しています。今後、労働集約的な仕事や単純作業はどのようになるでしょうか?
■答え
近年の企業の傾向は、IoTの浸透とともに半導体の需要が再び伸びています。また、法人向けビジネスの世界では継続的に自動化に対しての投資が進んでいます。一方で、属人的な労働集約的な仕事はまだまだ自動化が進まず、結果、人手を取り合うために賃金上昇が始まりました。あるシナリオとして、ある時点で人への投資から機械への投資が加速され、単純労働の世界が一気に機械の世界に置き換わる予測も間違いとは言えなくなるでしょう。
■解説
近年の大企業の動き、直近の企業の決算である2017年4月から9月期の上場企業の決算結果から世の中の動向を考えてみましょう。
まず、世界的に半導体特需が続いていることで成績を上げている企業が目立ちます。半導体の需要増の背景は、IoTの普及に伴い、データセンタの需要が急増していることです。データセンタの設備には当然、記憶媒体が必要になり、それに伴う半導体メモリの需要が一気に増加していることが特需の原因です。そして、その傾向は今後も続くことが予測できます。
半導体特需は、資源価格の回復につながります。特に、中国や東南アジアを中心に状況が上向き、コマツなどの鉱山機械会社は2017年4月から9月の純利益が好調に推移していました。これに合わせて、資源の輸送需要も好調で、海運各社のビジネスを後押ししています。
これら関連企業の業績好調から考えて、国内、および上記エリアにおける景気の見通しが1年から2年先まで継続することが言えます。
一方で、人手不足は国内のみならず、世界中で続いています。
2017年4月から9月期の決算結果を見ても、ビジネスモデルの根幹に人手を伴う企業は、人件費増大のコスト増によって利益の伸びが鈍化していました。例えば、窓口業務の携帯販売やドライバー不足で伸び悩む運送業などがその代表例です。
人手不足が続くと、当然、それに対しての設備投資の需要が高まります。
実際、自動化のための投資がここ数年継続的に増加しています。その傾向を見る指標として、大手機械メーカーの設備投資は重要です。
三菱電機、川崎重工業は2017年前半に機械部品やロボットの生産体制を強化する目的で国内外の投資を増加しています。安川電機も同様に多関節ロボットの生産能力を月産1千台規模に倍増させ各業界の自動化のための投資に備えています。
さて、ここまで読んで感じることは何でしょう。
製造業や法人向けの事業は、これまでも人手不足を機械に置き換える行動が進んでいました。そして、それらは今後もますます加速するでしょう。
一方で、属人的に進めている伝統的な産業はまだまだ多く、労働者頼みで自動化が進んでいません。
このような業界は人手不足に加えて、労働者の高齢化が問題視されています。このままいくとノウハウを持った人材が退職して業界から知識が失われる、あるいは新しい担い手がいなくて労働者の賃金が上昇していくという、苦しい状態になっていくことが推測されます。
もし、この傾向が続けば、どこかの時点で人件費高騰に流れている資本が一気に自動化投資へと動き、脱・人手ビジネスの世界が一気にやって来る可能性が考えられます。
例えば、次のような事例を考えてみましょう。
あるテーマパークでは、ゲストに感動を提供するキャストの仕事は非常に人気があり、仕事をしたい人が常に多数あつまります。一方で、施設やトイレなどの清掃については人手が不足して集まりません。
企業としては、ゲストに不快な思いをさせてはいけません。従って、キャストの時給よりも清掃の時給を高くしてでも人手を確保するしかありません。
もしこの状況が継続的に続き、清掃の時給が高くなれば、どこかの時点で清掃を自動で行う仕組みや、トイレ掃除が不要なトイレの開発に世の中の投資が向かう可能性が出てきます。利益を追求する企業のバランスを考えると当然ですよね。
すると一気にこれまでの人手不足が解消され、人件費の高騰に悩まされていた企業の収益性は自動化や脱・人手の仕組みによってプラスに転じていきます。
2017年11月現在、資本は工場での作業や法人業務を中心に投資が集まっています。
しかし、自動化投資が過熱すれば、更なる技術の向上と自動化設備の単価下落が進みます。これまで単価が合わないとされていた業務支援の分野までも、投資が進む可能性が広がります。人間が行っている業務が、いずれロボットに置き換わる日が近づくのです。
国内においても小売販売や労働集約的な産業は今から数年、あるいは10年以内にAIが補助し、業務を丸々自動化して利益を圧迫させない状況が出来上がることでしょう。
MIT(マサチューセッツ工科大学)のデービット・オーダー教授は「労働分配率の低下とスーパースター企業の興隆」という研究で、アマゾン、FB、アップル、グーグルなどのIT企業の活躍が労働者の低賃金を招いているという仮説を示しています。
帰納的な裏付けのひとつに、OECDが集計したドイツ、米国、日本の労働分配率があります。
1980年頃より各国の労働分配率は徐々に低下しています。一方で世界のGDP、世界の株式の時価総額は増加傾向にあります。
その論文の事例としてFB(フェイスブック)とトヨタが比較されていました。
FBの利用者は世界で約20億人、時価総額が2017年11月時点で59兆円です。そして従業員は2万人です。一方、トヨタは毎年約1,000万台の自動車を製造販売しており、株式時価総額は同時期で約23兆円です。従業員は連結で2017年3月時点、36万人でした。
つまりFBとトヨタを比較すると、FBは1/18の人数で同等の時価総額を達成しており、巨額の利益は自ずと株主や革新的なビジネスモデルを構築した人々に配分されているのです。
従来の経済学の定石では、上記のように労働分配率が下がれば本来は、人手の割安さが意識され、給与は上がると考えられてきました。
しかしFBのようなスター企業の存在が労働者の交渉力を小さくし、経営者から給料を引き出す力を弱めているのです。
スター企業は、さらに収益を他のビジネスに拡大しようとIT投資を続けます。小売店や工場などの労働集約的な仕事の現場でもその投資が活かされ、人工知能(AI)やロボットの活用が急拡大されます。米国のマクドナルドはスマフォや店舗のパネルで商品を注文、決済できる仕組みを急速に展開しています。単純な作業が先行している米国の市場でも、急速で機械に代わっているのです。
教授の提言は、この傾向が米国で特に顕著に起きているといいます。
研究では従業員の給与を国内総生産で割った労働分配率を詳細に調べ、先進各国で低下している結果にたどりつきました。
人手不足が続き、賃金が高騰するに連れて、企業は投資の方向をまずは単純な作業の機械化、自動化に向けていくでしょう。そうなると、人手不足で収益が鈍化している企業は業績が上がり、一方でこれまでの労働者の仕事が一気に失われていきます。
人手が集まらない仕事や、人が嫌がって行わなかった仕事で、結果的に賃金上昇を招いた仕事は、ある日を境に一気に自動化するシナリオも、全くゼロではないのです。